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沢井さんになつかれた。沈黙の多かった時間はなく、多くのことを語ってくれた。
その中にわたしが一番気になっていた、なぜさけるチーズになのかだが、そこには事情などなく単に好きだから、らしい。拍子抜けもいいとこで、美味しいよねぇと間延びした声にムカっとした。ちなみに衣装はお手製らしく、三着も作ったとか。今度お揃いで出かけようといわれたが、あははと笑ってにごした。
なぜ学校に来ないのかも教えてくれた。曰く『狭いから』らしい。結局何をいってるのか理解できず、沢井さんも説明が下手だな、考えてるんだなで終わった。なお、沢井さんは学校をサボって家でゲームをしているらしい。アバターが自分づくりのヒントになるとかネットの世界では自分を自由自在につくれて色々試すことができるとかなんとか。
そんな沢井さんと出会ってからはやくも一週間がたっていた。
「え、なんで?」
「いや、オレに聞かれても。噂なんだから」
昼休み。真惟はお弁当で珠恵は菓子パンだった。真惟は嫌いなものがあるとわたしや珠恵に押しつける。大半は珠恵が引き受けるのだが、今日は板チョコ入りのメロンパンで、真惟からもらったオクラを挟んで食べていた。お腹に入れば一緒らしい。罰ゲームか意地悪されているみたいだ。次からは状況を見て引き受けようと思っていると、真惟がそういえばと話を振ってきた。
「本当なの?」
「思い当たることがない」
「そうだろうと思った。ゆかが奉仕活動なんてするわけないよね」
つまり、わたしが毎日川のゴミ拾いやらなにやら、奉仕活動にいそしんでいるという噂が流れていた。
「それにしても最近ユーカリの噂多くない?」
「たしかに。ゆかなんか心当たりある?」
あるにはあった。川という単語からするとたぶん、沢井さんと会っていることなんだろう。
「うーん、どうだろう」
噂は事実とは異なる形になり、良くも悪くもなることを知っている。沢井さんがまだ学校にきていたときがそうだった。だから、実は沢井さんと会ってるんだなんて軽々しくはいえなかった。
「今のところ悪い噂じゃないからいいけどさ」
「もし悪い内容の噂が流れたら任せて。オレがなんとかするから」
「不安だな」
「大丈夫だよ。犯人はわかってるし」
真惟は箸でわたしの後ろを指した。たぶん中津川さんのことをいっているのだ。
「決めつけはよくないよ」
「じゃあどうする? お得意の占いか推理で犯人がわかるっていうの」
「そのときはそうしようかな。まいよりはうまいことできそうな気がするし」
「どうせ当たらないよ。また宇宙人が犯人だとか訳の分からないことを言い出すに決まってる」
「そうとも限らないよ。そもそも占いは当たらずともどこか通用する部分はあるといわれているんだよ。裏が無いという意味で占いなんて呼ばれてるわけだし。そのことを、」
「当たるも八卦、当たらぬも八卦、でしょ。もう聞き飽きたよ」
「ようやく覚えられたんだね」
「何回もいわれれば嫌でも覚えるよ、嫌でもね」
「嫌とかいいながら話聞いてくれるじゃん。ゆかとは違ってさ」
「え、何が?」
急に話を振られてご飯をこぼしそうになった。
「ゆか最近ぼーっとしてること多いよねって話」
「最近っていうか、夏休み明けからだよね」
夏休み明けといわれてドキッとした。そんなつもりはないのだが、わかってしまうほどぼーっとしているのだろう。自覚はなかった。
「前までは基本聞かれたら答えるって感じだったけど、最近は聞いても何の話だっけってなること多いよね」
「そう?」
「そうだよ」
「ゆか何かあった?」
いつものように何もないよといえば済む話なのだが、少しだけ考えてしまう。
心配してくれる友達がいるのなら相談すればいいのではないのか、と。しかし、すぐに無理だという結論になった。絵だ。絵のことは真惟にも珠恵にもいっていない。沢井さんのことをいえば付随して絵のこともばれてしまう。それだけは嫌だった。
「もしかして……」
まるでわたしが水晶玉になり心をのぞいているかのように見つめられどきどきした。
「ほんとうに宇宙人に会ったとか」
心臓が本来の速度に戻っていくのが分かった。それくらいわたしたち三人の間には沈黙が流れ、発言した珠恵本人の顔がみるみる赤くなっていく。
「なーんちゃって……」
「たま……」
「そんな目で見ないで!」
両手で顔を隠している。髪の隙間から見えた耳は真っ赤だった。
「ま、まぁ!」
メロンパンをかじり、オクラの糸が引いていた。そして数回噛んだだけで飲み込み、
「何かあったら遠慮なくいってよね、ユーカリが悩んでるなら力になりたいしさ」
と恥ずかしさを誤魔化すように早口でいった。
「オレもできることなら何でもするよ」
「ありがとう」
二人の優しさが嬉しかった。しかしそれと同時にわたしが秘密にしていることがなんだか悪いことをしているみたいだ。
「よし、じゃあ今日こそ行こう、カフェに」
「あ、ごめん、私部活」
「じゃあゆかと二人で先に行っちゃおうかな」
「あ、わたしも今日用事ある」
「また? いーよ、オレ一人で行くから」
「あ、ずるい」
「下見だし、予定あるのが悪い」
「下見する必要ある?」
「どうせなら山本くん誘っていけばいいよ」
「山本くん?」
急に同じクラスの山本くんが出てきたので聞き返した。
「あ、またユーカリは話を聞いてないなぁ」
にやにやと口調とは正反対の笑みのままわたしに顔を近づけて「好きな人」と小さな声で教えてくれた。
「いや、それはその……まだ早いっていうか」
「もじもじしちゃってかわいいなぁ、乙女か」
「う、うるさい!」
「占ってあげなよ」
珠恵がほんの一瞬困ったような表情をしたように見えた。しかしすぐに「そういうことは自分で何とかしろー!」ともじもじした真惟を笑顔で叩いていた。
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