「 ④誠の想いと真実 」

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「 ④誠の想いと真実 」

 それから2日後に香月が退院。それから10日程あとに真龍が退院した。  「あ~、病院のベッドは何でああも寝づらいんだろうな。治す為にいるのに余計に疲れちまう」  真龍の退院後、何処に帰るのかとなったが組の手前、とりあえず真龍組へと戻った。自室に香月と向かい、真龍はベッドに横になる。香月は真龍の脱いだ服を片付けながら話を聞いていた。  「確かにそうだよね。左右どちらかの壁に寄ってるわけじゃないし、夜も寝てても時々目が開いちゃう。僕は、本当なら入院する程でもなかったわけだからいいけど、あき…、真龍さんは大変なケガをしたんだから、寝づらいと休まらなかったよね。今日はゆっくり身体を休めて」  服を片付けた香月は、ベッドに横になる真龍に布団を掛け、布団の隙間を閉じるようにポンポンと真龍の身体の周りに手を当て、笑顔を向けた。  「香…」  「ん?」  「このまま帰らねえよな?」  真龍は、子どものような目で香月を見る。  「う~ん。午後に1件だけ配達があってね。でも、それまではいるから。もし眠れるなら眠って」  「そうか。今いても起きたらいないのか」  「それは真龍さんの寝る時間にもよるかな」  香月の言葉を聞いて、真龍は考える。  「今は寝ない。だから…」  香月の腕を引っ張り、真龍は自分の上へ寄せた。  「出掛ける少し前までこうしてろ。お前が出る少し前に寝る」  「うん」  香月は真龍に引っ張られても何も言わず言う通りにする。数秒そのままでいたが、真龍の上から覆いかぶさるようにしてキスをした。  「香…」  キスをされた真龍は、目を細め優しい笑みを浮かべた。  「僕だってずっとこうしてたい。でも、ごめんね」  「いや、俺の我儘だ」  「我儘じゃないよ。僕は嬉しいもん」  お互いの気持ちを確かめるように想いを話しながら一時を過ごした。しばらくして、病院での落ち着かない疲労感が出たのだろう。話をしながら真龍はウトウトし、そのうちに眠ってしまった。香月はそっと真龍から降り、布団を整え、枕元に『仕事が終わったら帰って来ます』と書置きをして部屋を出た。宮坂にあとをお願いして店へ戻った。  店へ戻ってから配達の準備をする。準備を終えてから配達先である教会に向かった。頼まれているように教会内の花を交換する。イス付近のものも交換して、正面のものをチェックする為に座った。香月の目の前には自分が活けた花と、その後ろには十字架に(はりつけ)にされたキリストと、その周りの天使たちがいる。それを静かに見た。そして立ち上がり、その前まで行く。子どもの頃にセンターでやっていたように膝をつき、胸の前で十字を切り、手を組んで祈った。  〈誠くんは怖い仕事をしているけど優しい人です。どんな人にも優しくありたいと本当は思っています。でも、家がヤクザ屋さんだから…。そんな誠くんをどうか、これからもお守り下さい。今回みたいな大ケガとかありませんように。どうかお願いします〉  その祈りから始まり30分程、一方的だが目に見えないものに自分の思いを話し、教会を出た。  店へ戻り、店内を片付け、店のシャッターに貼り紙をする。  【事情により1週間程、休業させて頂きます。  店主】  簡単に一行書いたものを貼った。  2階の自宅に行き、1週間分の着替えを持つ。店に置いてある花たちも車に載せた。荷物を載せ終わり、再度店内を見渡してからカギを閉め、車に乗り、走らせた。真龍組へ向かう。  真龍組の敷地に入り、車を停めると、屋敷の中から若い子たちが出て来た。  「香月さん、お帰りなさい」  「ただいまです。真龍さんはどう?」  「若はまだ眠っておられます」  「病院では、あまり眠れなかったって言ってたからね」  話をしながら車を降り、トランクを開け、店から持って来た花たちを出す。  「これ、どうしたんっすか?」  「まずはこれね。切り花。今日は配達だけで店を開けなかったから。それに、明日から1週間お店を休む事にしたからさ。アレンジもできないし、だから持って来ちゃった。この子たちは鉢に入ってて土も乾きやすくて留守番できないから連れて来ちゃった。でも、花なんて迷惑かな?切り花は、誰が来てもおかしくないように活けるから。鉢の方は人に見られないように、真龍さんの部屋のテラスに置くからね」  「香月さん。そんなお気を遣わないで下さい。香月さんが持って来た花たちなら何処に置いても若は気にしませんよ」  香月は、組の家だと気に掛け、持って行く花たちをどう飾ろうかと考えながら来た。若頭である真龍に恥ずかしい思いをさせてはいけない。そんな事になれば組全体が軽く見られてしまう。真龍だけではない。真龍の家族同然である組のみんなの事も考え、自分の仕事である花たちをどう扱うか考えていた。  「う~ん。真龍さんだけならいいけど、君たちも他の組の人たちに変に見られたら困るでしょ?僕にとって花は仕事だし、大好きなものだけど、どうしても軽く見られるじゃない。だからやっぱり気にするよ。でも、それでも花屋だからね。切り花の方は、ヤクザ屋さんでも恥ずかしくないように活けるから。これだけは僕の腕の見せ所だから」  腕を上げ、笑顔で香月は言った。  「あまり気にしないで下さい。何か言われても、若もでしょうが、俺たちも言い返しますから」  「そう?ありがとう。とりあえずは切り花は1階、鉢のものは2階へお願いします」  真龍の教えもあるのだろうが、この組の者たちは優しい。香月も組の事を考えてはいたが、気にしなくていいと言ってくれる。商店街の人たちが怖がらずに他の客と同等にいるのもわかる。自分にとって真龍以外の人は、今のところまだ家族や友人までとはいかないが、優しい人たちだとわかるだけで嬉しかった。  そしてまずは、真龍の部屋へ行き、顔を見る。余程眠れていなかったのか、まだぐっすりと眠っていた。行く時に置いて行った手紙を取り、今度は『帰っています。1階で花を活けています』と、枕元に書置きをした。  1階に行き、台所で花を活けようとしていると「和室でゆっくり活けて下さい」と、和室へ案内された。他の場所がみんな広いので、和室も同じように広いのかと思っていたが、茶道もできるようになっていて、心地良い広さの部屋だった。  「こんな立派な部屋でいいんですか?」  「はい。以前、若が香月さんがもしここで花を活ける事があれば、この部屋を使わせたいと言ってましたから」  「でも、言ってたのと実際使っちゃうのとは違うんじゃ…」  「大丈夫ですって。もし怒られたら俺のせいにしてくれて構わないですから。なので、ここを使って下さい」  本当に使ってもいいものかどうか香月は心配だったが、これ以上断っても同じ言葉が返ってくると思い、有難く使う事にした。  「じゃあ、使わせて頂きます。ありがとう」  「はい。ごゆっくりどうぞ」  香月が使う事にしたのがわかると、その子は部屋を出た。  香月は改めて部屋を見渡す。部屋からは和の造りになっている落ち着いた感じの裏庭が見える。  〈素敵だなあ。さすが真龍組に出入りしている庭師さんだ〉  同じ植物を扱う者でも、このような仕事をする人と香月は違う。規模も全然違うので香月は見入った。  〈いつか、ここの手入れをする時に会えるといいなあ〉  そんな事を思いながら花を活け始めた。  玄関、客間、真龍の部屋など数ヶ所に活けた。小さいものは組の者たちに了承をもらい、廊下やトイレなどの場所にアレンジや一輪挿しなどにして飾らせてもらった。  自分が活けたものたちを再度見てから和室に戻る。ドアを開けると、さっきまで平らな畳の部屋だったのに、1ヶ所、湯を置く所ができていて、茶道をする部屋になっていた。そこに組長らしき男が座っていた。  「あっ、えっと…。申し訳ありません。組長さん、いえ、誠くんのお父さんでしょうか?」  とっさの事で何を言っていいのか迷い、組長云々というより真龍の父親かを聞いた。  「はい。誠の父、『真龍 政司(まさじ)』と申します。貴方が田所香月さんですね?」  「はい。初めてお目にかかります。田所香月です。誠くんとは幼馴染みです」  真龍との間柄をどう言えばいいのか考えたが、幼馴染みと言った。  「やっと会う事ができました。さあ、立ったままではなく、こちらへどうぞ」  組長くらいになると、もっと怖い感じの人かと香月は思っていたが、優しい笑みをする人だった。よく考えてみれば、真龍を養子として迎えた人だ。理由はわからないが、身も知らない孤児を迎え、若頭としてまで育て上げた人だ。優しくないわけがない。  「失礼します」  茶道は何度かセンターで教えてはもらったが、子どもの遊び程度。違う意味で緊張する。  「そんなに硬くならないで下さい。気軽に飲んで下されば結構。誠など、未だにちゃんとできた(ためし)がない。片手でグイッと飲んでるくらいです(笑)」  「そうなんですか?でも、まあ何となくわかる気がします」  2人で顔を見合わせ、その場にいない真龍の事を話し、笑っていた。  「ところで田所さん。貴方は誠と別れてから、ずっと誠の記憶がなかったと聞いています」  「はい」  急に本題的な事を話され、香月の顔が曇る。  「そんなに誠といたかったんですね。あの子も最初の頃は、貴方を連れて来て欲しいと言っていました。貴方が来るまでは飲食もしない、誰とも口を利かないと部屋から出て来なかった。それで、貴方も養子にと亡くなった妻とセンターに行ったのですよ。しかし、その時には既に記憶喪失だった。しかも、誠の事だけだと説明をされました。どうしようかと、妻とセンターの先生方と話し合いました。結果、誠には本当の事を話し、貴方はそのままそっとしておく事にした。そして本来、養子に出た子は何か問題が生じなければ、センターと連絡を取る事はできない事になっているのですが、誠は先生方と時々連絡を取る事にしました。そして、貴方の記憶が戻った時点で、私たちの養子にする事になっていました。何人か貴方を養子にと話しもあったのですが、私の手で、お断りをしてもらっていました」  そのような事を香月は知らなかった。自分の為に、そのような事をしてくれていたなどと思ってもいなかった。  「そうだったんですね。だから僕だけ卒業できなかったんだ…」  「話にはまだ先があります。聞かれますか?」  「はい。お願いします」  組長は、まだ話の続きがあると言う。自分の知らない事が他にもあるのかと香月は少し不安になった。しかし、組長たちの事だ。悪い話ではないのだけはわかっていた。  「では続けます。貴方が花屋のバイトを始める頃、私はセンターの園長先生から呼ばれました。お会いして話を聞くと、私たち大人だけが貴方と誠を見守る形を取り、貴方と誠を会わせないようにしようとなりました」  「えっ?それはどうして?」  園長先生も組長も理由あっての事だとはわかる。しかし、自分たちを遠ざけるより、話してもらった方が良かったのではないかと香月は思った。  「それはですね――」  組長が話を続けようとした所に和室のドアが開いた。  「親父、俺から話す」  「いいのか?」  「ああ。もう隠す必要はねえんだ」  組長と真龍のやり取りが気になるが、香月はそれよりも真龍の身体を気遣う。  「真龍さん、起きて来ちゃダメじゃないか」  自分の後ろに立つ真龍を香月が支える。  「大丈夫だ。それよりも話の続きがしたい」  そう話す真龍は、香月の横に座る。傷が痛むのか、顔をしかめていたが、息を深く吐いてから話し始めた。  「俺は、香が俺を忘れていてもずっと見ていた。ずっとな。中学まではお前をただの弟のように思ってた。でも、高校の途中からは違ったんだ。話すわけでも、手紙を書くわけでも、すれ違うわけでもねえ。ただずっと見てた。それなのに俺は、お前を弟や幼馴染みではない感情を持っていると気付いた。まだ高校生のガキだったからさすがに悩んだ。悩み過ぎて先生に電話をした。何て言われるか怖かったよ。色んな奴とケンカしてきた俺が男を、それも香が好きで誰にも渡したくないと聞かされた先生の言葉を聞くのが怖かった…。でもな、先生は笑って言ったんだ。『それなら頑張りなさい。周りに何を言われてもブレない自分になれるよう、頑張りなさい。そして、いつか香月を自分の手で迎えなさい』ってな。そして『まずはお父さんに話しなさい。それが大事になったとしても負けない自分があるのなら、今すぐに話しなさい』ってな」  「園長先生らしい(笑)」  「だろ?――でもな、16や17の俺にはすぐにはできなかったよ。これを話したら親父は何て言うだろう。組の奴らには何て言われるだろう。そればっかり考えてな。でも、1年くらいしてからか。園長先生がここに来て俺に言ったの」  「何て?」  「いつまでかかってるのかって。1年も何してるんだって怒られた。俺の気持ちは父親にすら言えないような小さなものなのかって。たくさんいる組の奴らの前でそう言われたんだ」  2人の親代わりの園長先生とはそういう人。男も女も関係ない。どんな職業も要らないものはない。この世で不必要な人は絶対にいない。常々、センターの子どもたちにそう言い聞かせる人。真龍が話す、その時の先生の姿を香月は頭の中で描いていた。  「それでな。先生に背中を押され、その場で親父に話した。組の奴らは騒いでいたが親父は違った。目を閉じて言った。『自分が守りたいと思う奴がいるのなら守ればいい。俺が言えるのはそれだけだ。ただ、相手にはお前の記憶がない。すぐに思い出すかもしれないし、一生思い出さないかもしれない。それでも守る気があるのか』そう言った。俺の答えは1つしかない。お前が俺を思い出しても出さなくてもいい。思い出さないのなら、また出会えばいいとそう思っていた。ずっとな」  最後まで真龍の話を聞いた香月は目を丸くした。そんなにも自分を想ってくれていたのかと、幼心の想いから恋愛の愛情へと変わる程、想ってくれていたのかと。そして、まだ話の続きがあった。香月は17の時から花屋になる為に花屋でバイトをしていた。一般の子よりも社会へ出るのが早いだろうと大人たちは考え、しばらくは真龍を香月から離し、香月が自立して生活に慣れたら再度考えようとなったと言う。香月が専門学校を卒業して店を持ち、落ち着いた頃を見計らい、真龍は香月の前に出たらしかった。  「そうだったんだあ。ありがとう誠くん。あの時、車がぶつかったと言って、僕が車に戻るまで待っていてくれたのは偶然じゃなかったんだね」  「ああ。車なんてぶつかってない。俺が指さした傷は元々あったものだ」  「そうかあ。アハハ、そうなのかあ~」  重い空気の中で、香月は嬉しそうに静かに笑う。  「じゃあ、今度は僕がちゃんと話さないとね」  笑ったあと、香月は背筋を伸ばして真龍に言うと、組長の方へ向き、姿勢を正し、畳に両手を付いて頭を下げてから話し始めた。  「組長、僕は先程、誠さんとの仲を幼馴染みと言いました。それは、組長とはあまり一緒にいないので、何処まで誠さんをご存知かわからなかったからです。それに誠さんは真龍組の若頭。順番で言ったら、次の組長になるかもしれない人です。そのような人の相手が僕で、それで正直に言えませんでした。すみません。でも、今からちゃんと言います。――僕は誠さんが好きです。誠さんが傍にいてくれると安心するし、優しい気持ちになれる。車がぶつかったと待っていてくれた時、誠さんの記憶はないのにずっと気になっていました。何処かで会ったような、懐かしいような。きっと僕の幼い頃からの想いが、記憶がなくても心の何処かで誠さんと同じように愛情へと育っていたんだと思います。だから一緒にいたいです。でも僕は男ですから、真龍組の跡取りを産む事はできません。かと言って、大昔のような側室的な人を見つけ、誠さんへ差し出すのは嫌なので、それもできません。ですからここにいる若い子たち、これから来るであろう子たちを、真龍誠との子どもとして大切に育てていきます。ヤクザとカタギ。どちらの道に進んでもいいように育てます。ダメと言われてもそうする所存ですので、よろしくお願いします」  自分の気持ちを言い終えた香月は、もう一度深く頭を下げた。そして、自分の横にある園芸用のハサミの刃で自分の手の親指の腹を切った。  「香、何してる」  香月の突然の行動に真龍は驚き、慌てて香月の腕を掴んだ。  「若頭、これを舐めて下さい。こんな時、どうするのかわからないけど、契り?みたいな感じで…」  思い付きでとった行動のあと、真龍の顔を見て〈あれ?違う?こうじゃない?〉と、自分の行動が急に恥ずかしくなり、香月は言葉の最後は自信なさげに言うような感じになってしまった。  一瞬、間を置いたが、真龍はそれを舐めた。香月が舐め終わると今度は自分の親指の腹を切る。その指を香月に差し出す。  「誠くん。これからもよろしくお願いします」  笑顔でそう言って、真龍の指を舐めた。香月が舐め終わると、真龍は香月の切った指に、自分の切った指をくっ付けた。  「香、ありがとう。お前は俺のもんだし、俺はお前のもんだ。たくさんの子どもたちがいるが、よろしく頼む」  香月を抱きしめ、真龍は言った。そして、香月を離してから父親である組長へ姿勢を正し、向かい合う。  「親父、情けないが俺より先に香月が言ったが、俺は香月と一緒になる。2人で真龍組を守ります」  真龍の言葉を聞くと、組長は1つ深い息を吐いた。  「香月くんの方が若頭のようだな誠。お前はその年になっても恋愛に対する行動が弱い(笑)。――田所さん、誠と組を頼みます。兄弟組の幹部たちには貴方の事は既に話してありますから気にせずにいて下さい。さて、改めて兄弟たちに報告をして来ます。田所さん。いや、香月。あとは頼みますよ」  香月にあとを任せると、組長は和室を出て行った。  「誠くん、こんなに長い時間起きてちゃダメだよ。僕は後片付けをしてから行くから、先に部屋へ戻ってて。誰か~、悪いけど若頭を部屋まで連れてって下さい」  途中、息が上がった真龍を見たので心配だった。組長が部屋からいなくなってすぐに、香月は真龍を部屋へ連れて行くよう、部屋の外にいる者たちに言った。  「大丈夫だ。お前が片付けを終えるまでここにいる」  「ダメだよ。さあ、若を部屋へ」  一度で聞き入れなかった真龍の言葉を無視し、香月は再度、真龍を部屋へ連れて行くよう言った。  「若、ここは香月さんの言う事を聞いて下さい。また怒らせると怖いですから…」  そう言うのは、キャバクラ薔薇にいた者で真斗(まさと)だった。あの時、普段と全く違う香月を傍で見た。あの時の香月は、自分たちが世の中の人から怖がられている理由とは違う意味での恐怖を放っていた。背筋が寒くなるという感覚を人生で初めて目の当たりにした。その時に〈若よりも、この人の方が怖い〉と思い、香月こそ逆らってはいけない相手だと思った。それが表情に出ていたのか、真斗が真龍に言うと「わかった」と言い、立ち上がった。  「真龍さん、ちゃんと部屋で静かにいて下さいね」  「あ、ああ」  笑みを浮かべながら言ってくる香月の言葉が妙に怖くて、言葉を詰まらせるようにして真龍は返事をし、真斗と部屋を出た。  真龍がいなくなったあと、香月は和室を片付ける。茶道の道具の扱い方を知らない香月は、途中から静かに見ていた宮坂に教わりながら片付けた。それが終わると今度は台所へ行き、普段電子レンジ機能しか使わないオーブンを見つけ、何かを作り始めた。  「香月さん、良い香りがしますが何を?」  宮坂が香月の脇まで来て、手元を覗き込む。  「真龍さんの好きなケーキです。病院にいる時は食べられなかったので。材料は持って来ました」  真龍用に作るのものは楽しいのか、香月は笑顔で宮坂に答え、材料を混ぜ、型に流し入れてオーブンで焼き始めた。  30分くらい経って、オーブンから出し、網のようなものの上に置く。冷ましている間にコーヒーを10人分程淹れ、宮坂と自分には紅茶を淹れた。そして、ケーキを切り分け、みんなに出す。  「こんな時間ですけど良かったら食べてみて下さい。口に合わない人は無理に食べないでいいですよ。その代わり、名前を書いておいて下さい。あと、どんなものが好きなのか、飲みものは何が好きとか、食べものの好みを書いておいてくれると有難いです。僕は若頭に持って行きますね」  そう伝えてから、お盆にケーキとコーヒー、自分のものを載せ、真龍のいる部屋へ行った。  「真龍さん、起きてますか?」  そっとドアを開け、中へ入ると、真龍はベッドに座って本を読んでいた。  「遅いぞ。ずっと何してたんだ」  「すみません。これを作ってました。みんなにも出してきましたよ」  ベッド脇のサイドテーブルに持ってきたものを置く。真龍の膝が汚れないようにタオルを掛け、食べやすい大きさに切ってきたケーキを渡した。  「さっきまでドタバタしてたのに、わざわざ作ったのか」  「うん。だって、病院にいる間は食べられなかったでしょ。だから…」  香月は、自分が男なのに女性のような事を、来た初日にして真龍に引かれはしないかと気になった。言葉の最後は自信なさげになり「だから…」で、口を(つぐ)んでしまった。  逆に真龍は、こんな(いか)つい男ばかりがいる所に来て、すぐに自分の為に好きなものを作ってくれたのかと思うと、嬉しくて鼓動がいつもよりも強く打っているのがわかった。  「ありがとうな。病院の食事はあまり旨くなくてなあ。帰って来ても、家の食事は内容より周りが賑やかそうだろ?何処にいても落ち着かなそうだと思っていたんだ。このくらいのものをこうやって静かに食えて良かった」  「そう?良かった。来たその日に台所を借りてどうかとも思ったんだけど、真龍さんに喜んでもらえて良かった」  香月の中の不安が、真龍の言葉によって消されていった。  「さっ、食べて」  「ああ、いただきます。――旨い。これは俺にとってもお前にとっても、おふくろの味みたいなもんだからな。食べててホッとする」  一口食べると真龍の肩が下がった。家へ戻って来たとは言え、若頭という立場な為に、それなりに身体に力が入っているのだろう。食べ始めると真龍の体温が上がってきたのか、顔色を見てわかる。  「良かった。あのね、このケーキ、センターを出る前に先生に教えてもらったって話したでしょ?その時は真龍さんの事は覚えてなかったけど、でも何かね、これだけは作れるようにならなきゃいけないってそう思ったんだ。だから、これだけは先生に何回も何回も見てもらいながら練習したんだよ。頭では忘れていても、心のどっかでは真龍さんを覚えていたんだろうなって、今はそう思う」  真龍の食べる姿を見ながら、香月は何とも言えない眩しい表情で話をした。  「そうだったんだな。そう言われると俺も嬉しい。――なあ、お願いがあるんだがいいか?」  手にしていたフォークを皿の上へ置き、真龍は言いづらそうにしながら願い事を話し出した。  「うん。どうかした?」  「普段の食事は若い奴らが作る。だけどな、何かある日。まあ、組の幹部同士の集まりや大きな何かがある時、俺の食事をお前に頼みたい。食事の内容は何でもいいんだ。ただ、そういう時は慎重に食いものを口にしたいのと、大きな争いがなく、事が治まるように、験担(げんかつ)ぎでお前のを食いたいんだ。いいか?」  「えっと、その時しかしちゃダメなの?僕は、これから毎日、朝晩は真龍さんのを含めて、みんなのを作りたいと思ってたんだけど…」  香月は顔に『???(ハテナ)』を浮かべて真龍を見た。その表情が昔の幼い日の香月を思い浮かばせる。  「んっ…。あ、いや、だって、お前にも仕事があるだろ?俺のだけならともかく、組の奴らのまで作ったら大変だぞ?」  「うん。でも、1人で作る感じじゃなさそうだし大丈夫。無理しないから。だけど、真龍さんが今言っていた事の時は、僕は真龍さんのだけを作る。その時は、他の人のは他の人だけで作ってもらう。それならいい?」  香月が次々に可愛い表情を向けてくるので、真龍はその度に息を飲む。それは、ふんわりとした柔らかい綿毛のようなものだった。  〈んっ…まさか、わざとやってんじゃねえだろうな…〉  息を飲んだあと、真龍の中心部分が熱くなる。持っている皿をサイドテーブルに置き、手招きをして香月を呼んだ。  「えっ?何?」  「ここに座れ」  「う、うん。はい、座ったよ?」  真龍に言われ、言われた場所に、香月は不思議そうな顔をして座った。座った途端、真龍の手が肩に置かれ、そのまま押し倒された。  「真龍さん?」  「誠だ。これからは何処でも誠と呼べ」  「う~ん…。でも、それじゃあみんなに軽く見られない?」  香月は、本当は真龍を名前で呼びたかった。しかし、真龍の立場は若頭で、子どもたちと言われる組員がたくさんいる。しかも若頭となれば次期組長になるかもしれない。決して、周りに隙を見せられない立場。そんな彼を名前で呼ぶのはいけないと香月は思っていた。  「そのくらいで見られねえよ。親父だって、叔父貴や兄弟連中だって名前で呼んでる」  「そうかもしれないけど、みんなは呼び捨てでしょ?僕は違う」  「じゃあ、呼び捨てで言やあいい」  真龍が周りと同じように呼ぶようにと言うと、香月が大きな声で驚くように言葉を返してきた。  「ええ~!それは何か違う!」  「ど、どうした」  あまりの香月の驚きに真龍も驚く。その横で香月は、今度は静かに説明した。  「何だろう…。呼んだあとの空気って言うのかなあ。僕の中では誠くんであって、誠ではないんだよ」  説明をしたあとで、香月は「ふうん」という感じの軽い溜め息をした。  「どうした?」  「う~ん…」  「まあ、とりあえず苗字呼びはダメだな」  考えている香月に、それでも真龍は意見を曲げない。少し考えて香月は答えを出した。  「う~ん、じゃあ、ここでは誠くんでもいい?組の人の前では若って言う。宮坂さんはいつも若って言うでしょ?だから。でも、2人の時はちゃんと誠くんって言う」  「それでいい」  香月の回答を聞くと、真龍は香月の上に覆いかぶさり、深いキスを始めた。  「んん… …ハァ…」  ベッドに倒された時点でこうなる事は香月にもわかってはいたが、それでもまだ回数の少ない香月には恥ずかしさの方が勝り、唇が離れたあとは真龍の顔をまともに見られずに視線を逸らした。  「俺を見ろ」  「ヤッ、見ないで」  顔を逸らした香月の顔を、真龍が自分の方へ向けるも、香月は顔を逸らそうとする。しかし、その目には潤いが増していて、真龍の理性を飛ばす凶器のようなものになっていた。  「なあ、香」  「はい…」  「お前の、この俺の腕の中での仕草や言葉はな、俺には全部煽られているようにしか見えないんだぞ。それともわざとやってるのか?」  そう言われ、香月が真龍の顔をちゃんと見ると、いつもよりも真剣で、でも何かを耐えているようだった。香月は首を横に振る。  「恥ずかしい… …んだよ…」  真龍に答えてから、手を真龍の首に回し、ギュッと抱きついた。  「だからあんまり聞かないで。経験豊富な誠くんならわかるでしょ?」  「こんな感じの経験なんてほとんどねえよ。子どもの頃からお前しか見てないんだからな」  真龍の話は嘘ではないだろう。表情を見ればわかる。きっとしつこく言い寄って来た女性もいただろう。酒の勢いでもあっただろう。こういう行為がどんなものかを知る為に自分の知らない誰かと身体を繋げた事もあるだろう。大人なんだし、どれがあってもおかしくない事だと香月は思った。しかし、その『ほとんど』という一言が、わかってはいても香月の胸をチクリとさせた。それなのに、1秒しない次の『子どもの頃からお前しか見てない』の言葉で嬉しさのあまり、背中がゾクゾクとした。身体中が熱くなる。  自分でも気付かないうちにギュッと真龍を抱きしめていた。香月は、今度は自分からキスをした。自分はキスすら5本の指に入る程度しか経験がない。キスと言っても子ども同士の軽く唇が触れる程度。やり方すらも未だにわからないが、真龍がしてくれるように今はマネをしてみる。真龍は身体もがっしりしているが、唇や舌も自分より大きくしっかりしている。最初は香月がする感じだったが、途中からは真龍に付いて行く感じになった。  「んん…ん… …んんっ…」  まだキスだけなのに香月の身体が大きく跳ねた。荒い息遣いの状態で真龍をジッと見つめていた。  「大丈夫か?」  「うん」  キスだけで蕩けてしまった香月に、真龍は少し驚いていた。まるで香月の全てが自分のものだと思わせて来る。香月の乱れた髪を整え、おでこに軽いキスをした。  「このまま続けても?」  「じゃないと困る…」  「では、お言葉に甘えて」  香月の答えを聞き、真龍はニヤリとしてから先へと続ける。  上から下へとキスをして行く真龍を、香月は少しでも手が離れるのが嫌で、指の先で触れる所まで真龍の髪を触っていた。指から真龍が触れなくなる頃、自分の中心部分に真龍の顔が来る。すぐにソレを咥えられ、声が出る。  「アッ…それは…んふっ…」  咥えられながら、ゆっくりと上下に舐められる。自分でやる時とは全く違う快楽が香月を襲ってきた。  「んあっ…」  自分のソレの先からトロリとしたものが流れてくるのがわかる。目で見ていなくても、自分での時よりも大量に出てくるのがわかった。そして、水音が部屋中に響く。その音に反応して流れ出るそれは、止めどなく溢れてくる。  最初は動けなくなるくらい快楽に呑まれていたが少し経つと、真龍にも感じて欲しくなった。少し膝を立て、身体を起こそうとする。それに気付いた真龍は香月のソレから口を離した。離したのがわかると、香月はすぐに真龍のモノを優しく握り、先端に「チュッ」とキスをした。  「そんなもの咥えるな」  自分のを頬張ろうとしている香月に、真龍は口を離すよう、腰を一歩引く。  「どうして?僕、誠くんにも… …気持ち良くなって欲しい」  真龍のモノから口は離したものの、手は優しく包んだまま。その状態で下から上目遣いで香月は言った。それがまた真龍を煽り、香月の手の中のモノが更に大きくなる。  「あっ、大きくなった。嬉しい…」  香月から、次々に真龍を刺激する言葉や表情が発せられる。  〈頼むぜ。これ以上、お前にそんな顔されたら何もされなくてイッちまう〉  そうならないよう、真龍は腹に力を入れ、グイッと香月の前へ行くと、後ろに倒した。  「誠くん?」  香月に呼ばれながら、真龍は抱きしめ耳元で言う。  「悪いが、お前からのはまた今度な。今日は俺がお前を気持ち良くさせたいんだ」  真龍の香月に言う表情は、真龍の名の通り、龍のような鋭い目で、まるで今から獲物を狩るように見える。それでも、その目の奥には優しさが溢れ出ていた。  香月のいい所を全部知っているかのように攻め始める。恥ずかしい、自分でも知らない声が香月の口からどんどん出てきた。途中、香月が手で口を塞ぐも、その手を真龍が剥ぎ取った。その度に、何とも言えぬ表情を真龍に向けていた。そして、真龍の分身が香月の中へと入る。  「んっっ…」  「痛むか?」  痛みよりも圧迫感の方が強い香月は、言葉を発する事ができなくて、それでも頭を横に振る。  真龍は、香月に無理のないようにゆっくりと進め入る。ある部分を擦るように入ると、香月から甘く高い声が出た。  「んあっ~」  香月は自分でも驚き、声を抑えようとするが治まらない。一度出てしまった声は次々に真龍が打ち付けるリズムと同じように出ていた。  「アッ…あ…アッ…」  なるべくゆっくり香月に合わせようと真龍は速度を抑えようとするが、香月から発せられる声に反応して、自分の意思とは関係なく身体が勝手に速度を上げていった。  「香の中が、俺を包んでくれてるぞ。んっ…んっ…」  「誠くんでいっぱ…んあっ…アッ」  2人の声が部屋中に響き渡る。途中、宮坂が様子を見に来ていたが、その気配すらもわからなかった。  「誠くん…あの…アッ…アッ…もう…」  自分の何かが、真龍と繋がっている部分から湧き上がってくる。普段、自分でする行為と違う。腹の奥の何かと、真龍との場所の振動が一緒になって、香月の上へ上へと上がってくる。  「イキたいのか?我慢せずイケ」  「わかんない…何か怖い…アッ…アッ…好き…誠くん…ずっと待っててくれて…ありがとう…」  「ああ。これからはずっと一緒だ。絶対に離さない」  「うん…アッ…ダメ…くる…アッ…んあっっ~」  二、三言会話をすると、真龍が速度を上げた。途中「怖い」と香月が言ったので体勢を低くし、香月が掴みやすいようにした。  香月は、真龍の胸の辺りから両手で抱きしめるようにし、自分の中の熱いものの動きを止めずに受け入れた。下半身からの熱いものが頭の先まで上り詰めると、香月の中心部分から白液が放出され、全身が跳ね上がった。真龍と繋がっている部分に力が入る。  真龍のモノが香月の入り口にギュッと掴まれ動けなくなる。同時に、香月から白液が出て、今までにない身体の跳ね上がり方をした。動きたいが動けない自分を、真龍は堪えながら香月の様子を見る。香月の跳ね上がりという快楽の痙攣が治まった頃、自分が動けるようになっている事に気付き、真龍は再度動き始めた。  「もう少し付き合ってくれ」  自慰の時は出すものを出してしまえば治まるが、今の香月の体の熱は治まらない。自分の中で真龍が気持ち良くいられているか、自分の意思とは関係なく身体がそうなろうと自然に対応していく。  「う…ん…ンアッ…」  返事をすると、一度治まった声が再び口から出てきた。  一度放出した香月の体に変化があった。それまでは、真龍のモノが香月のいい所を探し、刺激していたのに、今度は香月の体が真龍のいい所を刺激してくる。  「香…あっ…気持ちいい…んっ…んっ…」  「僕も…」  香月の反応を確認すると、真龍は香月の腰を掴み、速度を上げた。  「ずっと俺の傍にいろ。何があってもお前を守る。俺の世界、何があるかわからねえが、お前に指一本触れさせねえから。だから俺から離れるなよ」  荒い呼吸をしながら、真龍は香月を見据え言った。  「離れないよ。もう、今までみたいな思いはしたくない。大切な人を忘れるなんてしない」  今も身体の熱は治まっていない香月だったが、真龍と言葉を交わしているうちに、下の方からもっと熱いものが上へ上がってくる。  真龍の方は、自分が納得できる答えを香月からもらい、それだけですぐに達してしまいそうになっていた。  お互いにその状況を確認し、勢いが増す。  「くっ…んっ…」  「アッ、あぁぁ~」  勢いが増し、上る所まで上り詰め、ほぼ同時に達した。  香月は一点を見つめるように天井を見つめ、真龍は香月に覆いかぶさるようにして息を荒げていた。  「大丈夫か?」  息を上げながら真龍は香月の身体を気遣う。  香月は、既に意識が途切れそうになっていて、真龍の言葉に答えるかのように、瞬きを1つした。それを見た真龍は、香月から降り、自分と香月、ベッドの上を簡単にキレイにしてから横に移動した。香月の頭の下に自分の腕を通し、布団を掛け、耳元にキスを1つしてから抱きしめるようにして目を閉じた。香月は、自分の胸の上にある真龍のもう片方の手を口元に持ってきて、そっと唇をつけ、眠りに入った。               ★ ★ ★  ―――カーテンの隙間から漏れる朝日を浴び、真龍が目を覚ます。香月から腕を抜こうとした振動で、香月も目を覚ました。  「う~ん」  「起こしたか?」  「ううん。――おはよう、誠くん」  「ああ、おはよう」  組長をはじめ、組内の人たちに自分たちの仲を話し、昨日までとは違う新しい朝を2人は迎えた。寝起きの挨拶をしたあと、恥ずかしさの方が勝ってしまい、顔を赤くしながらお互いに目を逸らす。  「身体は大丈夫か?」  目を逸らしながらも香月の身体を心配して真龍が聞いた。  「大丈夫だとは思うんだけど…。痛っ」  真龍に答えた香月は起きようとする。しかし、身体のあちこちに痛みが走った。その一言で、今度は真龍が慌てる。  「無理するな。ほら、ゆっくり起きろ」  「ありがとう。話には聞いていたけど、まさか本当にこうなるとは(笑)。この間は大丈夫だったのに。何回か回数重ねたら痛くはならないのかな?」  真龍に支えられながらベッドの縁に座り、「ふぅ~」と息を吐いてからネットで調べた内容を思い出す。  「話を聞いたって…誰からだ?」  香月が軽く言った言葉で真龍が顔色を変える。  「えっ?ネットで調べたんだよ?」  「そうか。誰か直に聞いたわけじゃないんだな」  「うん。言葉の使い方が悪かったね。ごめんね」  真龍の顔色の変化に気付いた香月は、これ以上、真龍が不安にならないように謝った。  「いや、そういう事では…ない…」  「誠くん?」  真龍の顔を覗き込んで、香月は首を傾げる。  そんな香月の仕草を見た真龍は、自分の顔を見られないように香月を抱きしめた。  「悪い。お前を困らせたいわけじゃないんだ。お前と2人で、2人がいいと思うようにしていけばと思っていた。だけど、誰かに聞いたように思えたから。――俺の単なる嫉妬だ。だからお前は気にしなくていい」  香月の耳元で、今の自分の胸の内を真龍は言った。  「ありがとう」  香月は真龍の背中に手を回し、ギュッとした。  「ありがとう?」  「うん。僕にそんな風に思ってくれてありがとう」  香月はそう言うと、真龍の肩にキスをした。  ―――しばらく2人の時間を過ごしていると、ドアの向こうから宮坂の声がした。  「若、おはようございます。食事の用意ができていますが、こちらに運びますか?」  「香、そうしてもらうか?」  「ううん。ちゃんと下に行く。初日から甘えちゃあ、親としてダメだからね」  ほんの今まで甘く可愛い表情をしていたのに、宮坂が来た事でしっかりとした香月に戻ってしまった。  「宮坂、下へ行く」  「わかりました。では、下に用意します」  真龍は少しぶっきら棒に言い、宮坂は真龍からの言い付けを聞いて部屋から離れた。  香月は、痛む身体をゆっくりと動かしながら着替え始める。  「ちょっと待て」  着替え始めた香月に、真龍が止めた。  「えっ?何?」  「お前、そのままで下へ行くのか?――俺の匂いを纏ったまま、みんなの所に行くのか?」  真龍は、後半の一言はニヤリとしながら言った。  「う~ん?―― ///// 」  「あのドアを開けると風呂場になってる。シャワーを浴びてから行こうか」  「う、うん…」  真龍の言葉の意味をすぐに理解した香月は顔を赤くして、部屋にあるバスルームに入った。  香月がシャワーを浴びていると真龍が入って来た。シャワーの下でキスをしながら浴びる。ボディソープの泡でお互いの肌に触れる。昨夜、あんなに抱き合ったのに、2人の身体は足りないというように事を進めた。  クタリとした香月を真龍は抱き上げ、バスルームから出る。バスタオルを持ち、ベッドに敷いてから、その上に香月を降ろした。  「少し休め」  「うん。でも下へ行かないと…」  下で食事をすると宮坂に言ってしまったので、香月は〈早く行かないと〉と焦ってしまう。  「大丈夫だ。行かなきゃ行かないでどうって事はない」  「でも…」  「大丈夫だ。お前は心配性だなあ。一応、俺は若頭だぞ?俺に何か言う奴なんて親父くらいなもんだ。だから心配しなくていい」  「うん」  真龍は話が終わると、香月が安心して眠れるように手を目の上に置いた。  〈誠くんの手、温かいなあ〉  そう思っているうちに、香月は眠りに落ちた。  ―――1時間程して香月が目を覚ました。横向きで寝ていた状態で目を開けると、ソファーで本を読む真龍の姿が目に入った。自分よりも背が高いからか 足も長い。その足を組み、ソファーの背もたれにもたれ、本を読んでいる。子どもの頃のあどけなさはなくなり、キリッとした顔立ちになっていた。  〈かっこいいなあ。同じ男とは思えないよね〉  目は覚めていたが、真龍の姿を見ていたくて、しばらく起きた事がわからないように静かに見ていた。  しかし、同じ姿勢をしていたからか、身体の半分が痺れてきた。少し体勢を変える。それに気付いた真龍が本を置き、香月のいるベッドに来た。  「起きたのか」  「うん。読書の邪魔しちゃった?」  「邪魔なんてあるか。それより身体は大丈夫か?」  「うん。誠くんこそケガしてるのに無理して平気なの?」  話しながらきて、仰向けになっている香月を覗き込む真龍の頬を、香月は両手で包むようにして触れた。  「問題ない。寧ろ、動いたから調子良いくらいだ」  「またそんな事言って。――そうだ、早く下へ行かないと。食事をお願いしといて随分と時間が経っちゃったよね」  食事の事を思い出し、飛び起きるようにして香月は身体を起こした。それを真龍は抱きしめ静止させた。  「大丈夫だ。そんなに慌てるな。さっきも言ったろ。こんな事でどうなる奴らじゃない。来なきゃ来ないで来た時に改めて支度するだけだ。それが下っ端の仕事だ」  真龍は香月の頭を撫でながら話をした。しかし、香月は注意をする。  「そうなのかもしれないけどダメだよ。それが当たり前なんて思っちゃ。みんな大人に近いし、それこそヤクザ屋さんだからいいけど、本当の子どもだったら虐待だし。あっ、でも、真龍組っていう会社だとしたら年齢関係なくパワハラじゃない?」  話しの後半は何となく笑いながらも、半分を真面目に話す香月に、『チクリ』と胸に痛みが走る真龍だった。  「はい、はい。姐さんは子ども思いですねえ…」  自分の子どもである組の者たちに嫉妬を覚えた真龍は、話しながら離れた香月を再度抱きしめた。  「誠くん?」  「お前は俺のだからな。あいつらの事を心配してくれるのは嬉しいが、俺が最優先って事を忘れるな」  抱きしめ、そう言ってきた真龍の声が寂しそうに香月は思えた。  「誠くんが一番に決まってる」  そう答えると、真龍の腕の中でモゾモゾしながら真龍の方を向き、キスをした。  そんな仕草をされた真龍の目が点になり驚いている。その顔を見た香月は「フフフ」と笑って真龍の手を繋ぎ、「ご飯たべよ?」と部屋の外へと歩いて行った。  ―――下に行くと、前日とは違って静かだった。  「あれ?みんな何処にいるんだろう」  みんなで食事をする部屋へ行くと誰もいない。台所を覗いてみたがキレイに片付けられ、誰もいなかった。誰もいない事に不思議そうにしている香月に真龍は言った。  「この時間は、みんな出払っている」    「そうなのかあ。じゃあ、どうしよう?材料は色々あるみたいだから僕が簡単に作るね」  冷蔵庫を開けて中を見た香月は、卵・ベーコン・レタス・トマト・パンを出し、お昼も食べられるように量を少なくして軽く作った。  「少し足りないかもしれないけど、お昼はみんなで食べられるように、これで我慢して?お昼は何にしようか。十代の子もいるみたいだから、生姜焼きにでもしようかな」  台所の冷蔵庫の中と相談している香月。自分と違い、線が細くしなやかで、自分の周りにいる女性よりも綺麗に見える。さっきまで何度も抱き合ったというのに、真龍の中心部分が少しずつ熱を持つ。  「どうかした?それとも勝手に台所いじっちゃダメ?」  ジッと見ていた自分に、香月が急にこちらを向いて話し掛けてきたので、真龍の鼓動が激しく鳴った。  「いや、好きに使ってくれていい。ただな――」  自分の身体の変化に抑えきれない真龍は、台所の流し台に香月を寄り掛からせ、深いキスをした。そして、自分がどうなっているかをわからせたくて、思わず香月の手を浴衣の上から自分のソレに触らせた。  「あ、誠くん?」  突然の事に香月は声を裏返し、少し大きめな声で答えた。  「悪い。お前が、男のお前に言うのは失礼なのかもしてないが、あまりに綺麗で可愛いから、こんなになった。十代のガキじゃあるまんし呆れるだろうが、昨日からあんなにやったのに治まらん」  いつもの若頭の表情とは違い、羞恥的な表情で香月に言ったあと、真龍は下を向いていた。その姿を香月はジッと見る。  「ありがとう。誠くんに言われるのは嬉しいよ。他の人なら何となく悔しい気持ちになったかもしれないけど、誠くんだから…」  真龍にそう答えると、香月は床に膝をつき、真龍の浴衣の前を開け、その中から出したモノを口に含んだ。  「お、おい。香…」  「ん?下手で申し訳ないけど、さすがにこれ以上またっていうのはケガにも良くないから、これで我慢して?」  香月は笑顔を見せ、そのまま続けた。  そして、真龍が達するまでしたところに、真斗が帰って来た。  「あっ、若、香月さん、起きてたんですね。朝飯、作り置きしておこうかと思ったんですけど、いつ来るかわからないから残しておくなって宮坂さんが言ったので。これ、香月さんが支度したんですか?って若?」  真斗は手にしていた荷物を置きながら一通り喋り、顔を真龍と香月に向けた。すると、香月を抱きしめた(というより、抱き囲む感じ)真龍が目に入った。完全に『お前は見るな』という、獣が睨むような表情で見てきていた。真斗が恐る恐る言う。  「あの~、若?それは俺にこっち見んなって言ってます?」  「わかってるならあっち行け。あとで呼ぶからそれまで来るな」  「わ、わかりましたって。そんなに怒らなくても。ちゃんと呼んで下さいね」  真龍に追い出された真斗は、ブツブツ言いながら出て行った。  「香、大丈夫か?お前、全部飲んだろ」  「う、うん。それは平気。でも、びっくりしちゃって。アハハハ」  「それならいいが、とりあえず口を濯げ」  「うん。でも、誠くんのだから嫌じゃないよ?」  香月は心からそう思っていた。自分のを舐めた事もないので、人それぞれ味が違うのかはわからないが、真龍のものだと変な味とも不味いとも思わなかった。しかし、このあとの事を考えると、真龍の言う通りにした方がいいかと思い、口を濯いだ。  ―――お互いが落ち着き、冷めてしまったものを食べる。食べ終えてから真斗を呼んだ。香月は、追い出すようにしてしまった事を謝り、真龍を自室へ連れて行ったあと、真斗と2人で昼食を考えていた。  昼食のメニューが決まり、支度をしていると真龍が覗きに来た。  「あき、――若、起きて大丈夫ですか?」  「ああ。それより何を作ってるんだ?」  「若い人も多いから生姜焼きと思ってたんだけど、みんな家庭料理に飢えてるって言うから和のものにしました。和のものなら若にも優しいから。味見してくれますか?」  香月は里芋の煮たものを小さくし、箸で真龍の口元まで持っていった。真龍は、そのままパクリと食べる。  「旨い。お前の味は本物のおふくろの味だな。何故かセンターの先生の味と、真龍のおふくろの味の両方がする」  「そう?それなら良かったです。僕の味付けは、まあセンターの味で、そこに、ここの味をプラスしたからね。だから若の言う2つのおふくろの味になったんだと思うよ」  「これは、みんな喜んで食うぞ」  「良かった。食事になったら呼ぶから、ちゃんと部屋で寝てて下さい。じゃないと、いつまでも外に出られませんよ」  味見を終えた真龍は、香月によって、またも部屋へ戻された。  昼近くになると1人2人と、外に出ていた人たちが帰って来た。  台所で立って料理をしている分には問題なかったが、昨夜からの真龍との行為で腰から下がガクガクしている。食器を取ったり、テーブルに持って行ったりと、何歩か以上歩く時は、真斗に頼んで動いてもらった。  料理を作り終え、鍋などの片付けをしていると、真斗が香月を心配して言う。  「香月さん。何も今日みたいな日に台所に立つ事ないですよ。若とゆっくり部屋で過ごせばいいのに」  2人きりでいたので、香月の状態を察した真斗には、それとなく香月も話をしていた。他の子とは違い、真斗は真龍と出会ったあの時にもいたし、キャバクラでの騒動の時もいた。香月の中で何となく、真斗は宮坂と同じ感じに位置付けられていた。  「まあ、そうなんだけどね。でも、来て早々それもどうかなと思って。真斗くんには色々動いてもらって申し訳なかったけど、とりあえずお昼は作れたしね。ありがとう。手伝ってくれて」  「いえ、そんな。でも、香月さんって料理上手なんですね。料理もできて、お菓子も作れて、飲みものも色々知ってて、花が好きで。これじゃあ、若がさっきみたいになるのは当然ですよね」  真斗は帰って来てすぐに見せられた真龍の表情、その時の事を言っていた。  「あれは急に真斗くんが帰って来たから驚いただけだよ。そんな大した感じじゃないと思うよ?若は、元の顔が怖いからね(笑)」  「そんな事ないですよ。あれは完全に『俺のものだ』っていう、野獣の顔でしたからね。そう言えば、あの時って何してたんです?」  あの時の事を聞かれ、香月は恥ずかしくて急にオロオロしだす。  「あの時…は…えっと…何してたんだっけなあ。アハハハ。多分、何をしてたってわけじゃななかったと思うよ。どんな台所かを見ながら話してただけだと思うなあ」  「香月さん?いや、どうしたんですか?何か急にソワソワして。俺、何か変な事言いました?」  急に落ち着かなくなった香月を心配し、聞いてみるも香月は「何もないよ。アハハハ」と不自然に笑いながらその場を離れ、真龍を呼びに行った。  真龍を呼びに行き、昼食を終え、一度帰って来たみんなは、また午後の仕事をと言って数人が残り、出掛けて行った。香月と真龍は自室で2人きりになり、昨夜から激しく動いている真龍を香月は寝かしつける事にした。  「さあ、僕はここにいるから誠くんは寝て」  真龍をベッドに寝かせ、布団を掛ける。  「いや、そんなに寝れねーよ」  「でも安静にしないと」  「あんだけ動いたんだから今更だろ(笑)」  「笑い事じゃないよ。少しでもいいから眠って」  なかなか言うことを聞かない真龍をどうにかベッドにじっとさせて、香月はその隣で横になり、真龍が眠れるように手を握った。  最初は笑ったりしていた真龍だったが、香月を抱き枕のように抱きかかえると、しばらくして眠りに就いた。  真龍が眠ったのを確認し、ベッドから出ようとした香月だったが、真龍にがっしりとホールドされていて動けなかった。そのうちに香月も眠った。    
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