「 ⑤香月の新しい生活と真龍組と 」

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「 ⑤香月の新しい生活と真龍組と 」

 香月も真龍組の生活に慣れてきた。真龍のケガも安定したので、この先の生活を考えようと、香月は1人の時間をもらう事にした。考えがまとまると、真龍の所へ行き、話をする。  「僕、ここに引っ越して来る。お店は通いで行く事にした。それでね、毎日交代で若い子2人ずつ、お店に連れて行きたいんだけど…。その日、僕と一緒にいてくれる子は朝夕の食事作りの担当にもしたいの。もちろん、組が忙しい時は組を優先する。ダメ?」  香月の話を聞いて、真龍は少し考える。  「若いもんを使うのは構わないが、ガラ悪いし、敬語も使えてるかわからない奴ばっかりだけど大丈夫か?それに、ここに住むのでいいのか?」  「ここに住むのは全然。みんないて楽しいし、誠くんとずっと一緒だし。それに、若い子たちのガラや言葉が悪いのはわかってる。それを直して、普段から使い分けできるようにしたいんだよ。でね、みんなにお店で着る用の服を買おうと思うんだけど。花屋って結構汚れるんだあ。だから普段着だと大変だと思うからさ。揃いで制服みたいにして、それにエプロン。それぞれの名前を入れてさ、自分の居場所はここにもあるって事も教えてあげたいんだあ」  組のみんなと生活を共にして香月は考えていた。組だけの生活だと、そこしか居場所がない感じになる。人はたくさんいるし、元は他人。何年も暮らしていれば慣れもするだろうが、それでも若い子、とくに十代の子には他にも逃げ場という、こことは全く違った居場所があってもいいのではないかと思ったのだ。  「自分の居場所か…。確かにあいつらは居場所がなくてああなってるからな。何よりも大切な事かもしれねえ。その件に関しては任せる。毎日2人ずつ行かせる事もOKだ。やんちゃな奴ばかりだから迷惑を掛けるかもしれないが頼む」  「うん。でも、まだ少し待ってて。これはあくまでも僕の考えた事であって、一応、商店街の会長さんに話をしないと。今まで通り、静かなままってならない日もあると思うからさ」  「そうだな。その時は俺も行くから言ってくれ」  「はい。お願いします。まずは、随分と留守にしちゃったから掃除と仕入れをしないと。あとは引っ越し。明日、2人くらい連れて行きます」  「それなら宮坂に言うといい。連れて行っても問題ない奴を選んでくれるだろうから」  「うん、そうする。ありがとう」  ―――翌日、店内の掃除・仕入れ・引っ越しの作業をする為に香月は自宅へ戻った。宮坂に頼んで2人の若い子を連れて行った。2人は不良にもヤクザにも全く見えない普通の子だった。聞くと、父親がどうしようもない人で、母親は出て行ってしまい、食べるものもなく家に引きこもっていた。借金の取立てに行った際、それを見た真龍が連れて来て面倒を見ていたという事だった。そのような子がいるのなら尚の事、あの話を早く進めようと香月は思った。  数日掛けて、香月の引っ越しも終わり、商店街からの了承ももらった。真龍組の若い子は、ヤクザとカタギの両方の仕事をする事になった。みんな、どのような子だろうかと香月は思っていたが、意外にも花を育てる事を楽しんでいる子が多かった。時には荒れる事もあったが、その時は商店街の人たちの協力もあり、自分の店へ連れて行き、話を聞いたり、真龍組に連絡をしてくれたりと、周りの大人が子どもたちを育てるようになっていった。  ある日の事。真龍が1人の男の子を連れて帰って来た。  「香、今日から新しく来た奴だ。ほら、挨拶しろ」  「谷崎 満(たにざき みつる)です」  「よろしくね。で、いくつなの?」  「18」  「18かあ。お父さんとお母さんは?」  香月が顔を覗き込みながら聞くと、真龍が言う。  「実はこいつ、その辺の奴じゃねえんだ。センターの子」  「えっ?センターの?」  「ああ。先生たちが俺たちに任せたいって言ってきた。何だか、え~っと、何協会って言ってたっけなあ。孤児のいる施設とか里親なんかをチェックするとこらしいんだが、そこからの許可も取ったから俺たちに少し面倒を見て欲しいと託された」  「そう。わかりました。詳しい事はあとで先生に聞いてみます。満くん、僕は香月って言います。若頭と僕もセンター出身なんだよ。よろしくね。少しずつ説明をするけど、若頭はもちろんヤクザ。僕がカタギで花屋をしています。毎日2人ずつ交代で、ここの若い子に来てもらってお店を手伝ってもらってるの。残りの日は、組の仕事をしています。僕の店へ行く日は、同時にここの朝晩の食事当番になります。満くんも若いのでそうしてもらう事になるけど、ここまではわかった?」  香月は簡単に説明をしたが満は何も言わない。すると横から、傍にいた子が小声で言う。  「おい、香月さんはここの姐さんなんだぞ。ちゃんと返事くらいしろ」  「アハハハ。いいよ、そんな気にしなくて。それに僕は男だよ?(笑)。初めての所だから緊張するよね。とりあえず食事にしよっか。それでかあ。今日は組長も一緒にって連絡があってね。きっと、満くんに会う為に来るんだね。もうすぐ来ると思うんだあ」  満の事は真龍に任せ、香月は夕食の支度の続きをする。しばらくして、組長も来たので満を紹介し、夕食にした。  ―――夕食を終え、若い子たちに後片付けを頼み、組長同席で、まずは満と香月が話をする。  「満くん、食事は口に合ったかな?」  香月の質問に満は言葉を出さないまま頷いた。  「そう、良かった。明日からは食べたいものがあれば言ってくれていいからね。――さて、僕から話したい事があります。満くんは今の状況をどう思ってるかな?」  「特に…」  「そう。もしかしてセンターの先生たちに見捨てられたって思ってない?だとしたら、それは違うからね。これはちゃんと言っておく。センターの先生たちは絶対にそんな事しない。絶対にね。それだけはわかって欲しい、信じて欲しい。センターはさ、小さい子たちの方が多いでしょ?満くんは18。年頃の子があそこにいるのは大変なんだよ。僕もそうだったからわかるよ。1人になりたくても小さい子たちが代わる代わるに傍に来るから、ゆっくり考える事もできない。でも、じゃあ、ずっと1人でいるかっていうとそれはそれでね。段々と苦しくなっちゃうんだよね。僕や若みたいに生まれた時からなら当たり前の環境だけど、君みたいにしっかりと理解できる年齢からいるのは大変だと思う。それで先生たちはここに託したんだと思うんだ。センター出身で、今も先生たちと連絡を取り合っている僕たちなら、満くんの気持ちも理解できるんじゃないかって。それに、ここなら君と同じくらいの子もいるし。先生たちは決して満くんを見捨てたわけじゃないから、そこだけはわかって欲しい」  満の目をジッと見ながら香月は言った。そのあと、少し間を置いて組長が言う。  「満と言ったか。今、香月が言ったから私があれこれ話す事もないんだが、まあ、ここに来たからと言って極道になれとは言わん。先生方もそのつもりでここに託したのではないだろうからな。組長の私が言うのもなんだが、ここの者たちに感化されずに、香月のようにカタギのままでいて欲しいと思っている。ここに来たからにはしっかりと自分の進む道を考える事だ。若頭は父親、香月は母親みたいなもんだから何でも話しなさい。――それから誠。これについての生活だが、他の奴とは変えなさい。香月の傍に置く事、組の仕事はやらせたとしても、ここの建物内だけに(とど)めろ。あくまでもセンターの子であって、組のもんではないからな。性格、気性などをよく見て、カタギが無理そうなら、その時改めて考えるんだ。いいな」  「はい」  「香月も私が言っている事がわかるね?大変だろうが頼みますよ」  「はい」  組長の言っている事は、香月にも真龍にも理解できた。  話を終えて、満を部屋へ案内する。香月と真龍がいる2階には宮坂の部屋もある。宮坂の隣の部屋へ案内した。  「ここが満くんの部屋。1人で大丈夫かな?もし、不安な事や1人でいたくない気分になったら声を掛けて。この先の奥の部屋が、僕と若頭の部屋だから。もちろん、隣の宮坂さんでもいいからね」  「・・・・・」  満はここに来てからほとんど声を出さない。香月から見て、無口で大人しいようにしか見えない。大人しいだけに、組の威勢のいい子とは違う意味で少し心配になる。  満を案内してから1階のみんなに声を掛け、香月と真龍も部屋に行った。そして、小1時間経った頃、満の大声が響いた。  「わあああああああ――」  「えっ?何?」  香月のいる部屋は防音になっている。満に何かあってはいけないと、部屋のドアを少し開けていたので満の叫び声が聞こえた。香月と真龍は慌てて見に行った。  「満くん、入るよ。って、どうしたの?」  部屋へ入ると、満は枕を布団に叩きつけながら叫んでいた。枕の中の羽毛が部屋中に舞っている。まるで、ドラマや映画の1シーンのようだった。一瞬たじろいだが、香月は満の傍へ行き、抱きしめた。  「しっ~。満くん、大丈夫、大丈夫だよ。しっ~、落ち着いて。僕がいる。君は1人じゃないよ。大丈夫だから」  満は抱きしめながら背中を擦り、落ち着かせる。  「何か怖い夢でも見た?」  静かになった満に香月が聞く。気付けば満は香月の腰に手を回し、泣いていた。香月の言葉に首を振る。  「香、こいつ、しばらく1人にしない方がいいかもな。俺たちの部屋へ連れて行くか」  傍で見ていた真龍が言う。真龍が香月にそう話していると、隣の部屋から来た宮坂が、  「それなら私の部屋へ連れて行きます」  と真龍に言った。真龍と宮坂の意見を香月は考えたが、とりあえず本人に聞いた。  「満くん、どっちの部屋へ――」  そこまで言うと、香月の腰にある満の手に力が入った。  「うん。わかったよ。宮坂さん、ありがとうございます。今日はこんな感じだから僕たちの部屋へ連れて行きますね。明日、改めて考えましょう」  「そうですね。その分ではその方がいいでしょう。何かあった時はすぐに呼んで下さい」  「うん。ありがとうございます。満くん、行こうか」  香月にしがみ付いている満を、ゆっくりと立ち上がらせ、香月と真龍は部屋へ連れて行った。まずはソファーへ座らせる。少しの間、真龍に見ててもらい、香月は温かい飲みものを支度した。  「誠くんはコーヒー、満くんにはカモミールミルクティーね。あとチョコレート。甘いの食べると落ち着くから。えっと、満くんは甘いの平気?」  コクンと満は頷く。  「そう、それなら良かった。センターの子って、先生たちの影響で甘いの好きなんだよねえ。誠くんは、飲みものは甘いの口にしないけど、食べるものは甘いの好きなんだよね」  「そうだな。先生たちは『子ども=甘いもの』って思ってっからな。来たばかりで食事しねえ奴には甘いものをよく食わしてる」  「そうそう。先生たちもお菓子とか大好きだしね(笑)。そっか。満くんも好きなんだね。良かった」  香月は、満を真龍と自分の間にするように座った。カモミールミルクティーも苦手ではないようで飲んでいた。  「少し落ち着いた?」  香月の言葉にコクンと頷く。  「ねえ、さっきはどうしたのかな?」  満の背中を擦りながら聞く。満の事は香月に任せているようで、真龍は2人のやり取りを黙って見ていた。  「ど、どうってのはないんだ。ただ、ここがモヤモヤしてじっとしてられなくなる。叫ぶと少し楽になる」  「そっか。――ねえ、満くんがセンターに来た理由を聞いてもいい?」  日を改めてセンターへ確認をしようと思っていたが、今なら本人から聞けそうなので香月は聞いてみた。  「母さん死んだんだ。俺の事、放って自分だけ死んだんだ。首吊って…」  父親は生まれた時からいなかったと言う。それでも母親と2人、慎ましく生活をしていた。しかし、満が小学校の終わりの頃から母親が変わったと言う。家を留守にし、夜も帰って来ない日が増え、帰って来てもタバコとアルコールの匂いが凄く、家事もやらなくなり、服装も派手になったのだと満は言った。満が高校に入ってからのある日、学校から帰宅すると、部屋と台所の間にある襖の上部分の欄間に紐を掛け、首を吊っていたらしい。身内もいなく、行き場のない満はセンターに来たようだった。  「そうだったんだ。それは悲しかったし、怖かったね。お母さんの本当の気持ちはわからないけど、でも君が生きてるって事は、お母さんは君には生きてて欲しかったんだと思う。じゃなきゃ、1人では逝かないと思うな」  「そうかな。俺の事なんて知らないんじゃない?自分の事しか考えてなかったんだよ」  話している満の目が、一瞬キリッとキツくなった。  〈この子は、お母さんが大好きだったんだな〉  満の話を聞いて、香月は返す言葉を探した。こんな時に言う言葉は見つからない。どんな事を言っても全部軽いものにしか感じられないような気がした。そのせいで会話に少し間が空いた。すると、真龍が満の頭に手を置き、いきなり自分の胸へ収めた。そして、頭を撫でた。  「確かにな。自分から死ぬくらい何か思い詰めていたんだろうよ。そんな時に自分の事以外は考えられねえだろうさ。もし、お前だったらどうだ?同じじゃねえか?ただな、人は息を引き取る時、色々思い出したり考えたりするそうだ。きっと、その時はお前に悪かったと思ったと思うぞ。俺は本当の親を知らない。だけど、ここの、真龍の母親は息を引き取る時に俺に謝ってたよ。「こんな所の息子にしてごめん」ってな。組長もお袋も、自分たちに子どもができない。跡目関係なく、組の連中じゃない、自分たちだけの子どもが欲しかったらしい。それで俺を養子にした。俺なら、ここでも上手く生活できるだろうと思ったからだと聞いている。血の繋がらねえ母親がそれだ。女1人で育てた実の息子のお前になら色々思ったろうよ。お前を1人残す事に後悔もしただろうしな。今は無理でも、ゆっくり許してやれ」  普段の話し方とは違い、ゆっくりと優しく真龍は満に言った。  「わかってる。わかってんだ本当は俺。でも、自分だけ置いて行かれたのが嫌だった。どうせなら一緒に連れてって欲しかった。だって、俺には母さんしかいなかったから。俺の傍には母さんしかいなかったから…」  満の目から涙が零れていった。きっと誰にも話した事はないのだろう。ここに来て、やっと自分の胸に溜めていた事を吐き出したのだろうと香月も真龍も思っていた。  その日は満を間にして、ベッドに3人並んで寝た。真龍は、小さな子どもならまだしも、18の男で、思春期にまだ片足が残ったような満が、香月に変な気を起こさないかと心配していた。しかし、香月は何も気にせずいた。満本人も何も考えていないようで、ベッドに入るとすぐに眠りに就いた。  翌朝、香月は朝食を作り終え、2人を起こしに行った。ベッド上には同じ格好で寝ている姿があった。  〈面白い。他人なのにそっくり。血は繋がってなくてもセンター兄弟だからかな(笑)〉  クスクスと笑いながら2人を起こす。  「2人共、おはよう。朝だよ。ご飯の時間。みんな待ってるから起きて」  「う~ん…、香~」  真龍はいつものように、香月を自分の元へ呼ぶ。  「誠くん…、満くんいるから」  「関係ねえよ。ここは俺とお前の部屋だ」  真龍は、そう言い切ると香月の腕を引っ張り、自分の傍に引き寄せキスをした。  「ん…誠…くん…」  途端に香月の力が抜けていく。それでも、真龍の胸に両手をついて離れようとする。  「逃がさねえよ」  自分から離れようとする香月の頭の後ろを押さえ、更に深いキスをした。  「んっっ…」  キスをしている唇から声が漏れ出す。同時に香月の身体がピクンと跳ねた。真龍が唇を離すと、ベッドの脇にヘニャリと座り込んだ。真龍はベッドから降り、香月を抱き上げ、真龍の部屋の中の、また違う部屋に連れて行った。畳の上に香月を降ろし、ズボンと下着を脱がせキスをする。起きたばかりの真龍の中心部分は早くも硬く主張をしていた。自分が入る香月の部分を軽く解してから硬くなったモノを挿れる。最初はキツく締まっているが、段々と真龍を受け入れ始めた。最後まで入ると、同時に香月の奥まで届く。いくら防音されているとは言え、隣の部屋にいる満に聞こえそうで、香月は口を押える。  「手離せ。声を聞かせろ」  今朝の真龍は何となくいつもと違う。  「でも。アッ…アッ…」  「でもじゃねえ。ちゃんと俺に聞こえるようにしてろ。んんっ…」  低めの声で言うと、香月の更に奥まで挿入した。  「んあっ…やっ…そこ…アッ…」  少し怒り気味に見える真龍が男らしくて、香月の身体に刺激を与える。そこに今よりも深い所に入られ、大きな声を出した。口を押えようとした両手を真龍は繋ぎ止める。  「させねえよ」  いつもと違う乱暴な言葉すらも、何故か香月の身体をゾクゾクさせた。  「アッ…やっ…ダメ…聞こえちゃうから…」  「聞こえたっていいだろうが。あいつは小さなガキじゃねえ。半分大人だ。こういう事も知らねえ年じゃねえ」  「んっっ…でも…あ…誠…くん」  「でもじゃねえ」  香月が言葉を述べる程、真龍が攻める。  「他の奴の事なんか気にするな。俺だけを見てろ」  「あっ…ん…」  香月の声は喘ぎなのか、真龍への答えなのか自分でもわからなかった。  ―――事を終え、香月は意識を飛ばした。真龍は押し入れにあった毛布を香月に掛けてからシャワーを浴びに行く。部屋を出ると、恥ずかしそうな顔をした満がベッドに座っていた。和室も防音になっている。しかし、カギがあるわけではなかった。満が目を覚ますと香月も真龍も部屋に姿がなく、どうしていいのかわからず、他の場所にいるのかもと和室を覗いたのだった。2人の営みを目にした満は、恥ずかしくなってベッドに戻り座っていたのだ。  「起きたのか?」  真龍の声がして、満は慌てて返事をする。  「お、おはようございます」  朝の挨拶をしながら真龍の方へ顔を向けると、浴衣の前が(はだ)けた状態の(中は全裸)真龍がいた。  満は顔を真っ赤にして下を向き、再度「おはようございます」と言った。  〈こりゃ見たな〉  満を見てすぐに真龍はそう思い、  「腹減ったろ。下に朝飯あるから食って来い。宮坂がいるから行けば支度してくれる。俺もすぐに行くから伝えておけ。あっ、それから、見た事、香には言うなよ。今のお前より恥ずかしがって何もできなくなると困るからな。黙っとけよ」  平然と満に口止めをした真龍は、シャワーを浴びに行った。  「あっ、はい」  自分に注意の言葉を言われた満は慌てて返事をした。一度、大きく深呼吸をしてから1階へ行った。しばらくしてから真龍も来た。  「若、おはようございます。香月さんは?」  「ああ、まだ寝てる。ゆっくり寝かせてやってくれ」  「まだ寝てるって、まさか…」  「まさかって何が――」  真龍が言い終わらないうちに、宮坂は大きな溜め息を吐いた。  「はぁ。香月さんも大変ですね。それに、満くんがいましたよねえ」  「ああ。でも俺たちは和室にいた。まあ、見たみたいだけどな、あいつ」  「見たみたいって。若、お願いしますよ。少しは周りを考えて下さい。特に香月さんを」  「考えるって何をだ」  「香月さんは一度起きて、みんなと食事の支度をしているんですよ?しかも、若たちを起こしてくると言って2階へ行ったんです。自分だけあとから来たら変じゃないですか。いかにもとみんなに言っているみたいになりますよ。少しは香月さんの気持ちも考えてあげて下さい。若はそういう所がデリカシーがないんですよ」  「何だそれ。大体な、この家の何処にデリカシーがあるんだ。デリカシーも減ったくりもねえだろ」  「はぁ…。そういう所ですよ。組長も親なら、そういう所はちゃんと躾て欲しかったですよ。――まあ、いいです。満くんは既に食べ始めていますから、若もさっさと食事をなさって下さい」  どうも最近、宮坂の態度が大きい。決して悪い意味ではなく(まあ、ある意味悪いが)、香月が来てからまるで母親のように口うるさいのだ。姐さんと言われる人が長い間この組にはいなかったので、今までは自分の気持ちを理解できる人がいなかったから黙っていたのだろう。香月が来た事によって、宮坂の世話焼きが前面に出てきたのだろうと真龍はわかってはいるが、それでも苦い顔が出ていた。  そして、しばらく経ってから、そっと香月が来た。  「すみませ~ん。お、おはようございます」  既に一度起きて食事を作っていたので、どう言って入ってっていいのかわからず、朝の挨拶を言ってリビングへ入った。  「香月さん。若と満くんには既に食べてもらっています。香月さんのもすぐに支度しますので座ってて下さい」  香月が来たのを知った宮坂は、知らない顔をして言葉を掛けた。  「すみません。自分でしますので、宮坂さんは仕事に戻って下さい」  「大丈夫ですよ。私の一番の仕事である若があそこにいますから。それより、昨夜も色々ありましたから、香月さんこそ無理をしないで下さい」  「そうですか?ありがとうございます。じゃあ、お言葉に甘えて僕はあっちにいます」  宮坂の表情を見ると、意見を曲げない感じがしたので、香月は言う通りにして真龍のいる所へ行った。  「おう、香。起きて大丈夫か」  「うん。遅くなってごめんなさい」  「もう少し身体を休めてても良かったんだぞ」  「ありがとう。でも、店もあるから。満くんはちゃんと食べてる?」  満の食べた量を確認する為か、香月は満の様子を近くに行ってみる。向かい側では、そんな香月の行動を面白くなさそうにしている真龍の姿。  「はい」  「昨日よりも食べられてるね。良かった。今日は、これから僕の店へ一緒に行くよ。もう、2人行ってるはずだから」  「わかりました」  香月の話を真剣に聞いている満は、返事をしてから食事の続きをする。何となく威圧的な空気を漂わせている真龍に香月は聞いた。  「若は今日は忙しそう?」  「今日はそうでもない。午後のどっかで店へ行く」  「はい、わかりました」  『店へ行く』と真龍の口から出ると、香月はとても嬉しそうにしていた。それを見ていた満は、その空気の中どうしていいのかわからず、思わず宮坂の方を見た。その視線に気付いた宮坂は何事もないように満の横に座る。  「満くん、ちゃんと食べて下さい。まだ18なんですから、この3倍くらいは食べられるでしょ?うちの若い子たちは朝からガツガツ食べてますよ。貴方もそのくらいにならないと。じゃないといつまでもこんな細いままですよ。もう少し大きくなりなさい」  満は不思議だった。センターの先生たちならわかるが、こんな男しかいない、ヤクザの家なのに母親みたいな人が2人もいる。こんな世界があるのかと、初めての経験だけに不思議だった。  ―――食事を終え、香月は店へ行く支度をする。  「じゃあ、満くん行こうか。若、宮坂さん、先に出ます」  「俺が言うのもなんだが、無理すんな。ゆっくり動け」  「う~ん、言わないでよ~」  真龍が耳元で言うと、香月は下を向き、小声で何かを言ってから真龍の胸に両手をついて軽く突き飛ばした。真龍は笑いながら再度、耳元で何かを言い、それに対して香月は「ん~」と唸りながら顔を赤くしていた。  その様子を満はまたも不思議に思う。起きた時に見た真龍の部屋の和室での2人の営み。ほんの少し目にしただけだったが、真龍が無理矢理、香月をとしか見えなかった。なのに、あとから1階に来た香月は怒っている感じでもなくて、それどころか優しい笑みを真龍に見せていた。18とは言え、自分はまだまだ子どもで、大人のそういう感情がわからなかった。  香月と真龍の時間も終わり、車に乗り、組を出て、香月の店へと向かう。店では組の2人が接客をしていた。  切り花でも、自宅用でクルクルと包むものだけなら香月がいなくても売ってもらうようにした。鉢や苗も同じようにお願いしている。病院では入院患者への面会が午後からの所がほとんどなので、贈り物のラッピングやアレンジものは午前11時頃からにしてもらい、その前の時間帯では、前日までにメールで受け付けという感じにした。カフェの方は午前中は飲みものと、それに付けるのはチョコだけにした。ケーキやクッキーなどは午後からにした。そして、店内の貼り紙には、  『 当店は、真龍組の若い子が社会勉強の為に働いております。御了承の程、よろしくお願い致します。又、お客様方によって成長していきますので、ご指導、よろしくお願い致します。  店主 』  そう書いてあった。  どんなに組の中で大人しくても、一般とは違うのが見てわかる。それに商店街の人たちが理解してくれていても客は違う。貼り紙に一文申し入れ、それでも嫌であれば、無理に利用されなくても仕方ないと香月は思っている。血は繋がらなくても、この子たちは自分と真龍の子どもたちであって、その子どもたちの成長の為であれば少しのマイナスも仕方ないと思っている。実は、貼り紙に関しては、真龍からは止められた。それでも香月は反対を押し切ってそうした。それを組の子たちは知っているので一生懸命に働いた。  「遅くなってごめんね。今日から一緒に働く満くんです。昨日会ってるから大丈夫だよね。満くんはセンターの子です。一応、一般の子だから優しく話して下さい。仲間内のようにガッーって話すと怖いから気を付ける事。わかった?」  「「了解っす」」  2人と満は、お互いに自己紹介をして仕事を始めた。  香月は満に、今日は自分に付いて1日の流れを見るよう言う。忙しい時は手伝ってもらい、夕方くらいになるとカフェの注文取りくらいまでできるようになった。しばらく、このような感じで満を傍に置き、行動した。  そしてある日、香月は店を臨時休業した。  満も含め、店の手伝いをしている全員を店へ集める。普段のカフェスペースに、小学校の給食時のようにテーブルを並べ、いくつかの班を作った。各テーブルに、たくさんの切り花とアレンジ用の器、花瓶などを置き、香月のテーブルにはラッピングの素材を置いた。  「香月さん、これって」  いつものように入って来た子たちが騒いでいる。  「説明をするから、3~4人ずつになって座って下さい」  みんな、香月に言われた通りに座る。  「はい、みんな座ったね。じゃあ、説明をします。まず、今日はお店はお休みです。今日はね、みんなにアレンジとか花束、生け花をやってもらいます」  突然の香月の話に、みんなワイワイと騒ぎだす。  「はい、はい、静かに。みんな毎日頑張ってやってくれてて、接客もちゃんとできるようになってきたよ。それに、みんな花や苗によく話し掛けているね。とても良い事だと思う。花たちも命ある生きものなんだよね。それをみんなちゃんとわかってる。そういうのが僕には伝わってきてます。でね、次のステップに移りたいと思います。今までは『売る』だけでしたが、今度はお客さんの気持ちを代弁する花束やアレンジを造ってもらおうと思うんだ。これも経験を積まないと上手くはならないんだけど、人には得手不得手もあるから、それを見たいと思います。でもね、難しく考えなくてもいいです。自分の思ったようにやってみて下さい。今から基本を説明するので、そのあとやってもらうよ~」  香月は一通り説明をし、そのあとみんな造り始める。最初は賑やかだったが5分程で静かになり、思い思いに造り始めた。  みんなが造っていると、真龍や宮坂をはじめ、大人の組員たちが入って来る。  「みんな、気にしないで続けて下さい」  少し騒ぎ始めたので言葉を掛ける。大人の組員たちは若い子たちがやっているのを、まるで授業参観のように見て回る。  1時間半くらいして全員が完成した。1人ずつ香月は見て行く。思っていたよりも綺麗にできていて、中には販売してもいいかと思うものもあった。  「みんな凄いね。僕の初めての時よりも上手じゃないかなあ。凄いや」  香月から褒めの言葉をもらうと、みんな嬉しそうにしていた。もちろん、満もみんなと一緒にやった。日は浅くても香月の傍で見聞きしていたからか、みんなと同じようにできていた。  「はい、みんなこっち見て~。あそこに棚があります。花束用とアレンジ用の棚に分かれてるよ。そこに、それぞれの名前が貼ってあるので、自分の名前の所に飾って来て下さい」  みんな、自分の場所に置きに行った。他の人のを見ながらお互いに感想を言ったりもしていた。飾り終えてからテーブルの上を片付ける。片付けが終わった頃、大人の組員数名が料理を持って来た。  「香月さん、こちら」  「ありがとうございます。忙しいのにすみません。テーブルにお願いします」  若い子たちは何が起きているのかわからず、兄貴分がやっているのをオロオロしながら手伝おうとした。そこに香月がストップを掛ける。  「今はね、みんなはやらないよ。みんなは座ってていいからね。――みなさんもお好きな所にどうぞ」  真龍を筆頭に、何人もの幹部たちが入って来て座った。そして、商店街の人たちも来た。そこにいる人たちを確認してから香月が挨拶をする。  「みなさん、今日はお忙しい中、ありがとうございます。僕の勝手な思い付きにお付き合い下さいまして申し訳ありません。ここにいる若い子たちが手伝うようになって数ヶ月が経ちます。最初は、自分の思い通りにならなくて暴れて大変だった子もいましたが、みなさんのおかげで、こうしてちゃんと働けるようになってきました。――ので、次のステップに進む為に、みなさんに見てもらおうと、このような事をやらせて頂きました。まずはみなさん、この子たちの作品を見てあげて下さい。みんなは自分のを説明して下さい。どうしてこんな感じにしたのかとか、頑張った所とかを説明して下さい。では、みなさん、あちらにどうぞ」  極道も幹部クラスになると、それなりの教養を身に付けている。華道や茶道は当たり前で、コーヒーや紅茶、ワインなども勉強している。スポーツもゴルフはもちろん、テニスや水泳などもやっている人が多い。その為、若い子たちの作品を見るのも楽しそうだった。  見終わったところでテーブルについてもらい、会食をする。香月は各テーブルを回り、挨拶をする。最後に真龍のいるテーブルへ行った。  「みなさん、今日はありがとうございました」  真龍の他に、宮坂や成場などにも深く頭を下げ、挨拶をした。  「いやいや、田所さん。あんな暴れ馬たちをよくここまでにしましたね」  成場が嬉しそうに香月に言葉を掛ける。  「僕は何も。ここの商店街のみなさんのおかげです。あとは、あの子たちの努力です。きっと、他の組の同世代の子や、少し気の合わない子から色々言われた時もあったと思います。それでもみんな頑張ってくれたから…」  そこまで言うと、香月は唇を噛み、涙を流した。  「すみません。みんな本当に頑張りました。あの子たちがこの先、どのように進むか分かりませんが、極道の道に進まなくても可愛がって下さればと思います」  真龍組は他の組とは大分違う。特に十代~二十代前半の子は。不良上がりの子ももちろんいるが、家庭の問題で(大体が借金の取立て先)行く所がない子を真龍が連れて来て面倒をみていた。これに関しては組長も承知している。今の時代、極道になって義理や人情を大切にしても暴力団と同じ括りになってしまう。金貸し業をしても昔のような取立てもできず、極道でもホワイト企業の1つとしていなくてはならない。組員に関しても時代の流れで、昔のように叩き上げで育てる事ができない。外見と態度はやんちゃでも、1人の時間を欲しがったり、何をしていてもスマホをいじる子が増えてきた。その辺りに関しても、香月が来る前から幹部や他の組の組長・若頭たちの間では問題視されていた。真龍組にはそこに香月が来た。そして、若い子を自分の店で働かせたいと言う。先の事もあり、組内の幹部たちからもやらせてみてはどうかとの声も上がった事ので、現在に至る。極道の道に進まなければ尚良いのではと話にもなったのだ。              ★ ★ ★  終わり頃、組長が訪れた。作品を1つ1つじっくりと見ている。  「香月、こんな子たちでもここまでできるんだね」  「はい。このような道に来た子たちです。元々、とても繊細なんだと思います」  「ほお。何故、そう思うのかね?」  作品を見ていた組長の視線が、今度は香月へと向けられる。  「人より繊細だからこそ傷付き、苦しんで行き場がなくなり、極道になったんだと思います。自分の感情の向け方を知らなくて、自分を大きく見せる世界へと来たのではないかと…。上手く言えなくてすみません」  「そうか。香月には我々のようなものがそう見えるんだね」  「不躾ながら、そう思っています」  素直に自分の思っている事を話しながらも、相手が組長という事もあって、香月の心内は緊張していた。  「誠は良い相手を伴侶にしたな。香月、その気持ちを忘れずに。あの子たちをよろしく頼みますよ」  組長は何故か香月を抱きしめ、背中をポンポンと軽く叩いた。  それを少し離れた所から真龍は見ていたが、普段は自分の養父とは言え、組長という立場。普通の親子とは違い、一歩どころか五歩くらい下がっての親子関係。それでも、さすがに今の組長の香月への行動には黙っていられなかったのか、ズンズンと2人の所へ来ると、香月を組長から引き離し、自分の懐に収めた。  「親父、人のもんに何してる。そんなのは他の奴にやれ」  「誠。若頭ともあろうもんがヤキモチか(笑)」  この組長の一言と表情を見た香月は〈組長、わざとかな?〉と、少し呆れつつも、組長なりの真龍への愛情の1つなのかと感じた。  「ヤキモチだ?そんな生温いもんじゃねえ。ふざけていようが何だろうが、いくら親父でもこいつにこんな事、許されると思うなよ」  「それなら傍を離れるな。誠、香月はカタギだ。お前のタマを取る為の材料になりやすい。それは、いくら身内だろうが自分の為ならそれを平気でするのがこの世界。それは私も例外ではない。2人は男同士。男女なら気遣える事も、男同士なら少しくらいと気を緩めてしまう。それのないように離れるなよ。ほんの小さな隙も作るな。わかったな、誠」  さっきまで悪戯っ子のような表情をしていた組長だったが、真龍に話し始めた途端、厳しい顔をして言っていた。それを真龍もわかったのか、  「ああ、わかった」  と、目をキリッとさせてそう答えた。  組長と真龍の間で一瞬ヒヤリとしたものの、大した事はなく、無事に作品の披露目は終わった。  店内を片付け、作品のいくつかを組の玄関や和室に飾る。他のものは店内に飾り、客が見えるようにした。  ―――夕食を終え、香月と真龍は自分たちの部屋で過ごしていた。この頃には満は落ち着き、与えられた部屋で1人で過ごせるようになった。一時、3人で過ごしていた部屋。それが2人に戻り、真龍もゆっくりと過ごせるようになった。  「今日は来てくれてありがとう。みんな凄い喜んでた。こんな事、どうかなって思ったんだけど、どうしても組のみんなに知って欲しかったんだよ。若い子たちは僕の店でもちゃんと働けていますよって」  テーブルの上にある紅茶を、香月は一口飲んで真龍の答えを待つ。  「わかってはいるが、それでも目で見るのとは違うからな。目で見て改めてわかった」  「良かった。あの子たちは、誰よりも誠くんの…、若頭の言葉が一番嬉しいと思う」  「そうか?」  「うん。あっ、そうだ。満くんも結構できてたよね。まだ始めたばかりなのに」  今日の事は不安だったが無事に終わったので、香月は楽しそうに次々話をする。しばらく、それに答えていた真龍だったが、香月の後ろに座り直すと抱きしめ、頬や首にキスをした。  「誠くん?」  「もうそろそろ俺だけを構ってくれてもいいんじゃないか?」  「アッ…んっ…」  真龍がキスを落とす度に、小さく甘い声が香月の口から漏れ出す。  「なあ、香。俺以外の奴に触れさせんなよ。たとえ、ふざけていたとしてもだ。いいな?」  昼間の組長との事を言っているのだろう。真龍は抱きしめる腕に力を入れた。  「うん。誠くん、好き。誠くんと会えて、思い出せて良かった。それに、僕には無理だと思ってた子どもたちが、あんなにたくさん。ありがとう。誠くんのおかげ」  真龍の手に自分の手を重ねた香月。身体を少しずらして、後ろの真龍の頬にキスをした。  「まあ、子どもっちゃそうなんだが、既にデカいからなあ。違う意味で、あまり気を許すなよ。お前は俺だけのもんなんだからな」  「うん」  「じゃあ、こっからは大人の時間だ」  真龍は立ち上がると香月を抱き上げ、寝室へと行く。ベッドにポフンと香月を降ろし、覆いかぶさるようにして深いキスをした。お互いの身体が熱くなっていくのがわかる。そのまま先へ先へと進み、体内の熱を放出し終えるまで何度も抱き合った。  ―――翌朝、真龍が先に起き、食事の時に満と店へ行く子たちに言う。  「今日は香月は遅れて行くから先に店を開けておけ。香月が行くまでは自宅用の切り花と苗、鉢のものだけ売ってろ。カフェは飲みもののみだ」  そう言ったあと少し考え、心配な部分もあるので宮坂を行かせる事にした。  「宮坂、俺の方はいいから香月が行くまで、お前も店へ行ってくれ」  「はい。若は如何なさいますか?」  「今日は成場の叔父貴に呼ばれてるから、そっちへ行く」  「しかし1人では…」  「そうだな。ああ、こいつ連れて行くからいい。お前は店へ行ってくれ」  「わかりました。何かあればすぐに連絡を」  「ああ」  真龍からの命もあって、宮坂は若い子2人と満を連れて、香月の営んでいる花屋へと行った。  真龍は着替えを終えると、寝室で眠っている香月の所へ行く。  「香、行って来るな。店の方は宮坂も行ってるから心配するな」  小声で言い、香月のおでこにキスをしてから出掛けた。  香月は、その1時間後くらいに起き、慌てて店へ行った。店に行くと、若い子たちは花屋の方をやっていて、宮坂は満とカフェの方をやっていた。  「いらっしゃいませ~。――ごめ~ん。みんなごめんね」  香月は、店内に何人かいる客に挨拶をしながら入って行き、若い子に謝りながらカフェの方へも顔を出した。  「香月さん、おはようございます」  「宮坂さん、すみません。みんな起こしてくれればいいのに。寝坊するにも程がありますよね。恥ずかしいなあ…」  「いえ、お気になさらずに。若が食事の時に、香月さんはまだ起きられないと思うからと指示を出して下さいまして。だから大丈夫ですよ。それより、お身体の方は大丈夫ですか?」  宮坂の言葉で、香月の顔が赤くなる。  「だ、大丈夫です。… …すみません ///// 」  申し訳なさそうに香月が言うと、花屋の方から若い子が来て、  「いいんじゃないですか?香月さんと若が仲良しって事なんですから。子どもはさ、親が仲良しでいてくれたら嬉しいんだから」  そう賑やかに言った。カフェの方には常連客の商店街の人たちがいた。若い子と一緒に話を盛り上げていた。  ―――この半年くらいで色々あったと香月は思い返す。  真龍に出会い、その人は幼い日に別れ、記憶の奥へと閉じ込めていた大切な人だった。そして、好きの気持ちが幼馴染みから恋愛感情に変わり、そして一緒になって、極道とカタギの両方の生活をしている。たくさんのやんちゃな子どもたちとこの店で働いている。センターを出てからずっと1人だった自分に、こんなにもたくさんの人と色んな事ができるなんて考えた事もなかった。まだ不安もあるが、真龍と一緒なら何でも楽しくいられると思った。  「香月さん、大丈夫ですか?」  若い子の1人が、じっと立っている香月を心配そうに見る。  「うん。あっ、ごめんね。君たちと一緒にいられて楽しいなあって思ってたんだ。さあ、今日のケーキを焼くから手伝って。宮坂さん、ありがとうございました。少し休んでから、若の方へお願いします」  みんなにそう言うと、香月はケーキを作り始めた。
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