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3月25日。春休みになって、僕たちは初めて真昼のお墓に行った。
父が何度か来ているお陰か、お墓は綺麗に整理されていて、線香の灰も残っていた。母は線香の灰を見ると、すぐに父を見てそれから力のない笑みを浮かべた。
「来てたのね」
「ああ」
母は、花瓶をくるくると回して取ると近くにあった洗い場で中を洗う。緑色に濁った水は綺麗な透明な水に代わり、再び真昼のお墓に設置された。その姿を後ろで真昼は眺めながら、僕たちに穴が開きそうになるほど凝視していた。
今日で、僕たちと会うのが最後だということが分かるのだろう。
母は墓石に汲んできた水をかけると、乾いていた墓石が暗い色に染まる。父は線香に火をつける準備をしていた。それから水を僕に渡すと、僕も墓石に水をかける。満遍なくかかった水は、今までの思いを洗い流しているようだった。
「ごめんね、今まで来なくて」
母は墓石を見ながら言うと、後ろで真昼が首を横に振る。
真昼の死を受け入れてから僕たちの生活で何が変わったかというと、母が真昼の分の食事を作らなくなった。時が進んだ。過去から今に、時計の針が一瞬で進んだ。イミテーションの世界じゃなくなった。
母は花を花瓶に供えると、父が線香に火をつけ、香炉に線香を入れると、僕たちは屈んで手を合わせる。それぞれが真昼と心で対話をしながら、僕も目を瞑って対話をした。
酷いこと言って、ごめんね。悪い兄ちゃんで、ごめんね。そして、ありがとう。気づかせてくれて、ありがとう。また会おうね。
目を開けると、母と父はまだ目を瞑って真昼と対話をしていた。後ろを見ると、真昼は目を潤ませながら僕たちの後ろ姿を眺めていた。
「真昼」
僕は小声で真昼に手招きすると、真昼がこくりと頷いて僕に近づく。同時に母と父が目を覚まして、僕を見ると、真昼が僕に憑依した。真昼はニッコリと笑うと、異変に気づいた母と父が「海斗?」と名前を呼ぶ。
「お母さん、お父さん。今までありがとうございました」
真昼は深くお辞儀をすると、母と父はすぐにそれが海斗ではなく真昼であることを悟って真昼の背中を触る。
「真昼、顔上げて」
母が優しく言うと、真昼は顔を上げる。潤んだ瞳からは一筋の涙が流れていた。母も泣きそうな顔をすると、それをぐっと堪えて真昼の背中に手を回す。父も真昼に抱擁を交わすと、しばらくその場で真昼たちは抱擁を交わしていた。
これは永遠の別れじゃない。ただひと時の別れ。もう、西本真昼として僕たちに会うことはないけれど、また生まれ変わって僕たちと出会うことが出来る。
「お母さん、本当にありがとう。辛かったよね、ごめんね」
「ううん、辛いのは真昼でしょ。お母さん、気づいてあげられなくてごめんね」
「お父さんも、協力してくれてありがとう」
「当然だ。娘の頼みごとを聞かない訳ないだろう」
父は珍しく涙を流しながら真昼たちと熱い抱擁を交わす。
「お母さんの料理、大好きだよ。美味しくてオシャレで、特にカレーが絶品」
「ありがとう」
「お父さんは知識人で色んなこと知ってる。私もお父さんから色んなこと教えてもらった。高校受験では本当にありがとう」
「大したことじゃないさ」
「そしてお兄ちゃん」
真昼は僕に語りかけると、僕は真昼の声を聞きながら笑顔を浮かべる。動かしたり、声を発したりはできないけれど、でもちゃんと届いている。
「話しかけてくれて、ありがとう。お兄ちゃんとは喧嘩ばかりだったけど、でも楽しかったし、最高のお兄ちゃんだよ」
———ありがとう、真昼。僕も真昼を妹に持てて幸せだよ。本当に、ありがとう。
真昼がふっと僕の体から抜けると、僕はどっと疲れが溢れる。憑依をすると、毎回こうなるのだ。真昼が体から抜けたことに気づいた二人は僕を見るなり、また涙を流すとぎゅっと抱きしめた。僕も力を入れて抱きしめると、自分の涙を流した。
真昼が隣でにこやかな笑みを浮かべながら僕たちを眺める。
「ありがとう、大好きな私の家族」
真昼は破顔すると、僕は段々と透けていく真昼の姿を見て、何と綺麗なんだと思ってしまう。
これは永遠の別れじゃない。ただひと時の別れ。もう、西本真昼として僕たちに会うことはないけれど、また生まれ変わって僕たちと出会うことが出来る。
———そうだろ、真昼?
僕は口角を上げると、真昼がこくりと頷く。そう、これは永遠の別れじゃない。ただひと時の別れだよ、と言っているようだ。
太陽が段々と空高く昇っていく。太陽が昇るにつれ、真昼が透けるスピードが上がり、段々と消えて無くなっていく。そして、消えた。
まさに名前通りの時刻に、真昼消えたは光となって空高くに消えていった。僕たちはその姿を眺めながら「ありがとう」と声を揃えて言う。真っ青は空は、海のように僕たちを包んでいる。
「さよなら」
そう、誰かが言った。
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