濃淡

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「ここだよ」  大学帰り、いつもなら僕たちはすぐに別れ、お互いの家に帰っているが今日は違った。僕たちは、航がその子を視たという公園にやって来ていた。何の変哲もない公園だ。僕の家の近所にもあるような公園。滑り台があって、ブランコがあって、砂場がある。5時過ぎのせいか、子どもの姿はもう無くて、でもただ一人僕たちと同い年ぐらいのがぽつんとベンチに座っていた。  僕には、。  彼女は僕の視線に気が付くと、目が合い、それから驚いたように立ち上がった。航には視えていないようで、彼女と会ったというブランコの前まで来ると、ゆっくりと腰を下ろして漕ぎ始めた。  彼女はと言うと、僕にすごいスピードで駆け寄ってきて、僕を凝視している。あまりにも顔が近いことから、僕は小声で「近いです」と言うと、彼女の表情がパッと明るくなった。 「私のこと、んですね……!」  感嘆した声で言うと、彼女が嬉しそうに笑う。僕はこくりと頷くと、ブランコを漕いでいた航が「どうかしたか?」と聞いてきた。 「と、お知り合いなんですか?」  「航くん」と呼ぶ彼女に、僕はやはり彼女と航の間には何か関係があることを確定させる。下の名前で呼んでいるから、それなりに親しかったのだろう。  色白の彼女は、少し目を潤ませながら僕を見上げると、僕はまたこくりと頷いた。すると、また彼女はパッと笑顔になる。それから頬を淡い赤に染め上げると、しばらく幸せそうに笑っていた。  幽霊というものはだ。存在そのものが、残酷だ。こうも存在しているのに、視える人にだけ視えて、視えない人には視えない。どんなにその人のことを想っていても、。  存在ののようだった。幽霊は存在が淡くて視えない。でも、僕や航のように生きている人間はその存在が濃く見える。どうして、こうも生死の状態だけで、存在というものは左右されてしまうのだろうか。 「貴方は、航の知り合いですか?」 「はい。航くんとは、同じ小学校に通ってました。3年間、同じクラスです」 「名前を教えていただいても?」 「灰原由紀乃(はいばらゆきの)です。10、この公園の近くでされて、気づいたら幽霊になってました」 「10年前……?」  灰原さんがこくりと頷くと、世界がはっきりと目の前に広がった。何があったのかが、ジグゾーパズルの最後の一ピースをハメた時のような、スッキリ感に襲われた。  つまり、航と灰原さんは、同じ事故に遭った。その時、航は助かったけれど、彼女は助からなかった。だからこうして彼女は幽霊になり、航は彼女の死のショックで彼女の存在を。 「航と同じ事故に?」 「はい」  灰原さんはブランコを漕ぐ航をじっと眺めると、嬉しそうに微笑む。でもどこか悲しみが淡く雰囲気に現れていた。 「星を見上げる度に、航が聞いていた声は灰原さんの?」 「声、ですか?」  灰原さんはきょとんとした顔で、僕を見る。何のことかさっぱりといった様子だった。航が聞いていた声は、もしかして彼女が直接航に言っているのではなくて、その声が頭に焼き付いて離れず、ずっと聞こえているということだろうか。 「航は、星を見上げる度に灰原さんの声が頭に聞こえていたそうです」 「私の声がですか?」 「私のこと、忘れないでね。約束だよ。絶対だからね」  その言葉を言うと、灰原さんがハッとした顔をする。 「心当たりが?」 「……それ、私が航くんに事故に遭ったときに、です」  なるほど。これで繋がった。つまり、航が聞いていたのは、灰原さんが航に最期に言った言葉だったのだ。それが頭に焼き付いて離れず、結果10年も聞こえている。だが、どうしてになのだろう。 「海斗ー」  僕は灰原さんにその事を訪ねようとすると、ブランコを漕ぎ終えた航が酷い隈のままこちらにやって来る。灰原さんは航の顔を見るなり、ぎょっとすると心配そうな表情で航をじっと見つめた。 「ここにいても、何も発見は無いし、もう6時になるし、帰ろう」 「ああ」 「夕飯、一緒に食べるか?」 「そうしよう」  僕は航に連れられながら、ちらっと灰原さんの方を視る。灰原さんはニコッと優しい笑みを浮かべていて、僕たちに手を振っていた。僕は軽く頭を下げると、航が「どうかしたか?」と言って、後ろを振り返る。 「何もないけど」  航が可笑しそうに言うと、僕は苦笑を浮かべた。その言葉が灰原さんの胸に刺さったのか、灰原さんは少し傷ついた様子で僕たちを見送っていた。  彼女がどうして、10年という長い間幽霊として現世に残っているのか、それは聞かずとも何となく分かった。航が灰原さんの存在を忘れているから。つまり、航が灰原さんの存在を、灰原さんは成仏することが出来ない。 「ラーメンでいい? 美味いんだよ」 「ああ」  航は特に思い出す様子も無く、ラーメン店へと足を進める。  一体、灰原さんはこの10年の間、どれだけ苦しんだのだろう。存在しているのに、視えない存在。淡い色でキャンバスに塗られているようだ。目を凝らさない限り、その色は視えない。透明に近い、の彼女は、言葉では簡単に言い表せないぐらい、苦しんだのだろう。
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