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ピンポーンというインターホンの音が鳴り、すぐに航がドアを開ける。前ほどではないが、相変わらず不眠症で顔色の悪い航に、僕は「よっ」と言うと、中に入った。真昼は航を見るなり、相変わらず心配そうな顔色で見るが、特に何も言わない。
「どうしたんだよ、急に」
「いやー、暇で」
「暇つぶしに使うなよ」
航は呆れたように呟くと、冷蔵庫から冷たい水を取り出し、2つのコップに注ぐ。一個は航ので、もう一個は僕の分だ。真昼は隣でそわそわした様子で、辺りをキョロキョロとしている。航の部屋は、綺麗に片付けられていて、物があまりない。ミニマリストと言ってもいいぐらいの荷物の少なさだった。
「それで? 何する? うち、ゲームとかあんまり無いけど」
「アルバム見せてよ」
「アルバム?」
「小学校の卒アルとか」
航は数回瞬きして、それから後頭部を掻くと「どこにあったっけ?」と言いながら小学校の卒アルを探す。もしかしたら、卒アルには灰原さんの写真があるかもしれない。そうすれば、少しは思い出す力に繋がるかもしれない。
「あ、あった」
航がクロゼットの中から小学校の卒アルを取り出すと、埃を払いながら僕に渡す。僕はそれを受け取って、パラパラと捲りながら灰原さんの写真を探した。真昼も隣でじっと中身を見つめている。
「どうしたんだよ、卒アルなんて。しかも小学校の」
「いやー、ちょっと小学校の航の想像がつかなくて、見てみたいなーって」
我ながら苦しい言い訳だ。僕はちらっと航を見ると、航が怪訝な目で僕を見ている。だが特に何も言わず「ふーん」と言うと、壁にもたれ掛かった。
「あ」
「ん? どうかした?」
僕は幼少期の灰原さんらしき人物を見つけると、指を差し、航に見せる。航はきょとんとした顔で水を飲みながら、写真を見ると、眉を顰めて首を傾げた。
「この子、覚えてる?」
「……いや、覚えてない」
「よく思い出して」
「んー……」
僕と真昼はじっと航を見守るが、航は唸り声を上げながら、特に思い出した素振りは見られない。
「いや、思い出せない。ていうか、見たことも無い気がする」
僕は溜息を漏らすと、またペラペラとページを捲り、目を皿にして灰原さんの写真を探した。
「にしても、その子がどうかしたの?」
「いや、ちょっとふと思って」
「変なの」
航が鼻で笑うと、また水を飲み、じっと卒アルを凝視する僕を眺める。
「今度、海斗のも見せろよ」
「ああ、約束する」
「絶対だからな」
「もちろん」
そろそろ卒アルの最後のページになる所で、一枚の写真が卒アルの中に挟まれていた。現像された写真だ。
「何これ」
真昼が言葉にして言うと、僕は首を傾げてその写真を手に取る。写真に映った人物を見て、僕たちは目を見開いた。
そこには、航と灰原さんの仲睦まじそうなツーショットが映っていた。僕たちは顔を上げると、航がまたきょとんとした顔をする。僕は卒アルを閉じて、床に置くと、その写真を航に見せた。
「この子、誰?」
「それって、さっきの子?」
「うん」
「え……どうしよう、覚えてない」
航は困ったような表情をして、写真をまじまじと見つめる。真っ白な航のキャンバスに、どうにかして淡くて視えない灰原さんの存在を、色濃くさせたい。でも、写真の姿だけじゃ、やはり簡単には封じ込められた記憶は思い出せないようだ。
「思い出せない?」
「うん。まぁ、小学生の時だし。ていうか、この子の名前ぐらい名前の名簿の所に載ってるんじゃないの?」
「載ってなかった」
「じゃあ、転校したのかな?」
真実を知っている僕たちは、何て答えていいか分からずに口を噤むと、その場に沈黙が流れる。沈黙に耐えきれなくて、僕はコップの水を飲み干すと、航が目を見開いて、僕を見た。
「なぁ、灰原由紀乃って聞いたことある?」
「ちょっ、お兄ちゃん……!」
「灰原由紀乃? いや、聞いたことが無いな……。それがどうかしたの?」
「いや、何でもない」
真昼は驚いた顔をして僕を見ると、僕は諦めたような笑みを浮かべた。その写真をさっきと同じページに挟み、航に渡すと、航は何か言いたげな顔をしながらも、何も言わずにまた元の場所に仕舞った。
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