濃淡

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「じゃあ、また大学でな」 「ああ」  ドアが閉まると、僕たちは足並みを揃えて、航の家から離れた。すっかり伸びきった影は、色濃く映っている。真昼は何も言わずに、僕に歩くスピードを合わせていた。 「何も思い出さなかったな」  真昼はこくりと頷くと、僕は視線を真昼から公園へと移した。灰原さんがいた公園だ。僕は駅へと向かう方角から、公園へと目的地を変えると、真昼も黙ってついてくる。子どもたちがまだ遊んでいる中、僕はベンチでじっと子どもたちを眺める灰原さんに近づく。 「こんにちは」 「あ、航くんの……。えっと……」 「西本海斗です」 「西本さん。えっと、そちらの方は?」 「妹の西本真昼です。灰原由紀乃ですね? 兄から話は聞いています」 「そうですか……」  僕たちはそっとベンチに腰掛けると、黙って元気に遊ぶ子どもたちを眺める。 「元気ですよね、子どもって」 「そうですね」 「西本さんも、小学生の時はあんな感じでしたか?」 「いや、僕はどちらかと言うと、木陰で本を読んでいるタイプでした」 「私もです」 「何だか想像通りです」  灰原さんが優しく笑うと、その場所が温かい空気に包まれたようだった。この人が笑うだけで、その場の空気が温かくなる。それなのに、淡い存在のせいで、気づいてもらえない。 「航の家に行ってきました」 「そうですか」 「航に灰原さんのことを聞きました。でも、知らない、と言われました」  僕ははっきりと灰原さんに言うと、灰原さんは覚悟していたのか、特に顔色を変えることも無く子どもたちを眺めていた。 「教えてください。灰原さん、貴方が成仏できない理由は、航が貴方を忘れてしまったからですか?」  僕はじっと灰原さんを見つめると、灰原さんは何も言わずに子どもたちを眺めている。だがその瞳に光は無く、子どもたちを眺めているというよりかは、どこか暗い場所を眺めているように見えた。 「」  灰原さんは凛とした声で言うと、やっと僕たちの方を向く。口元は笑みを浮かべているが、その瞳に笑みは無かった。 「航くんは、あの事故以来、私のことを忘れてしまいました。綺麗さっぱりと。あのも、忘れてしまったんです」 「約束?」  真昼が灰原さんを覗き込むように言うと、灰原さんがこくりと頷く。その瞳は、濃い悲哀の色を帯びていて、灰原さんはどこか遠い日の思い出を眺めているかのように言った。 「に行く約束です」 「プラネタリウム……」 「事故直前、私たちは公園で一緒にいました。そこで、航くんが言ったんです。今度の休み、プラネタリウムに行こうって」  デートに誘ったのか。小さいのに、よくやるな。僕は航の行動力に感心しながら、何度も頷く。 「行きたかったなぁ、プラネタリウム……」 「星が好きなんですね」 「はい。それを知ってくれていたのか、航くんが誘ってくれたんです。私、嬉しくて。その、航くんのこと、だったので……」  灰原さんが頬を赤らめて言うと、もじもじとする。初恋、というわけか。何だか近しい人間へ恋心を抱いた人間がいると、こちらまでもどかしくなってくる。 「もしかしたら、プラネタリウムに行けば航が思い出してくれるかもしれない……」  僕は真昼を見ると、真昼も頷く。すると「あのっ」と灰原さんが言って、僕たちは振り返った。 「何か問題が? 一緒にプラネタリウムに行けば、航が思い出して、灰原さんも成仏できるかと思ったのですが」 「私、なんです」 「……え?」 「地縛霊って、その場所から動けないってことですか?」  真昼がすかさず、固まる僕をフォローして言うと、灰原さんがこくりと頷く。申し訳なさそうに僕たち2人を見て「すみません」と謝った。なるほど、だから服装も変わっていないし、この公園に変わらずいたのか。 「じゃあ、ここで思い出してもらうことになるな」 「すみません、私まだお二人に会ったばかりなのに」  灰原さんが頭を下げると、僕たちは急いで「頭を上げてください」と言う。これは幽霊が視える僕たちにしか出来ないことなのだ。それに僕等が勝手にやっていることだ。何も申し訳なさそうにされる理由は無い。 「あれ、それって……」  真昼が灰原さんの手元にある一枚の写真を指さすと、僕はハッとする。その写真は、航の家で見た写真と同じ写真だった。灰原さんは恥ずかしそうに笑うと、優しい目で写真を眺める。 「なんです」 「宝物……」 「私が無理言って、写真を撮ってもらったんです。どうしても、手放せなくて」  そう言って幸せそうに笑う灰原さんを見て、僕の心の中ではどこかふつふつと燃え上がるものがあった。
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