濃淡

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 僕たちは航を呼び出して、夜の公園にやって来ると、夜なのにも関わらず一人だけぽつんとベンチに座った灰原さんに会釈をする。灰原さんは緊張した面持ちで、じっと航を見ると、落ち着いた様子の航はベンチに座って星空を見上げた。  僕には聞こえないが、きっと航には灰原さんの最期の声が聞こえているのだろう。  私のこと、忘れないでね。  約束だよ。  絶対だからね。  そう、何度も何度も頭に響いているのだろう。航は涙目になりながらも、僕たちが傍にいるからか涙を堪えているように思えた。そこで、僕は航に声を掛ける。航は力無き声で「何?」と言うと、笑みを浮かべた。 「分かったんだ、声の正体が」 「声の正体?」 「灰原由紀乃。航の初恋の相手だ」  そう言うと、航がきょとんとした顔をする。何言っているのかがよく分からないといいた表情だ。それもそうだろう。突然そんな子と言われても、ピンと来るはずがない。 「10年前、航は交通事故に遭ったって言ったよな?」 「ああ」 「あの時、航と一緒にその灰原さんも事故に遭った。そして、亡くなった」  すると、必死になって堪えていたをついに堪えきれず、零れだす。航は困惑した顔で「え?」と言うと、涙を拭った。だが、その傷は癒えることも無く、涙は止まない。 「航は一種の記憶喪失なんだ。灰原さんの死を受け止められず、ショックのあまり、灰原さんの記憶を自ら蓋をした。だから、灰原さんのことが思い出せない。あの写真の子も、初恋の相手も、思い出せない。だって、自分で蓋をしたから」  僕は航が口を挟むことも出来ないくらいのスピードで一気にまくしたてると、航が涙をぽたぽたと零しながら、口を開けて黙って僕の話を聞く。 「星を見上げる度に声が聞こえるのは、灰原さんが星が好きだったから。灰原さんに航はプラネタリウムに行こうと誘っていた。でもその約束は叶わなかった。事故に遭ってしまったからね。だから、それが航の心の傷に根付いてしまった」  航が流す涙は止まる気も無く、ぽたぽたとずっと流れている。このまま一生、泣き止まないんじゃないかというほどの勢いだった。 「航が聞いている声は、灰原さんが言った最期の言葉だ。最後じゃなくて、最期。灰原さんが言ったんだ。航に、事故に遭ってすぐに、力を振り絞って。私のこと、忘れないでね。約束だよ。絶対だからねって」  今、航の瞳には何が見えているのだろうか。あの時の記憶が、色濃く見えるのだろうか。 「航が出会った少女も、灰原さんだ。灰原さんは航に死んでほしくない。だから、現れた。航を死なせないために」  そこで僕は口を噤むと、真昼と灰原さんの方を見る。真昼は由紀乃の背中を優しく擦りながら、涙を流す由紀乃の心を落ち着かせていた。月明りで照らされた灰原さんの涙はキラキラと輝いていて、不謹慎ながらもそれを僕は綺麗だと思ってしまった。 「どうして、そんなことが言えるの?」  僕は涙を流す航を見ると、航は目と鼻を真っ赤にさせながら僕を呆然と眺めていた。 「どうして、それが分かるの?」 「。直接」 「でも、その灰原さんは、死んでるんだよね?」  僕はこくりと頷くと、もう一度真昼と灰原さんを見て、アイコンタクトを取る。真昼と灰原さんはゆっくりと歩きながら、こちらへと近づいてきた。航も僕の視線を追って、そちらを見るが、もちろん何も視えない。 「僕には、。そして、今ここに灰原さんがいる」  僕は航を真っすぐ見て言うと、航が眼球をキョロキョロと動かしながら、信じられないといった表情を浮かべる。それもそのはずだ。こんなぶっ飛んだこと、誰が信じると言うのだろう。九重さんの存在は、非常にレアケースだったのだ。 「信じなくてもいい。でも、僕は幽霊が視えるんだ」 「航くん……」  航が灰原さんの方を向くと、真昼がぎょっとする。僕もぎょっとして、航を注意深く見た。航の瞳からは相変わらずポロポロと涙が溢れていて、その勢いは止まることを知らないようだ。でもいつもと違うのは、さっき灰原さんが航の名前を呼んだのに反応して、灰原さんの方をことだ。 「航くん……視えてるの?」  僕は生唾を呑み込むと、その光景をじっと見守る。航は何も言わず、じっと灰原さんを見つめていた。灰原さんも航のことを見つめている。その空間だけ、しばしの沈黙に包まれていた。  雲がゆっくりと流れていく。時間が、ゆっくり進んでいるように感じた。  僕は二人に気使って、席を立つと、真昼も優しく灰原さんに微笑みかけて、僕が座っていた場所に座るように言う。灰原さんはこくりと頷くと、じっと航のことを見つめながら、航の隣に腰掛けた。航の視線は、灰原さんが動く方向に合わせるように流れていく。  僕は真昼の隣に立つと、二人を優しく見守った。月明りに魅せられた二人は、久しぶりの再会という言葉で簡単に片づけられないような、そんな光景だった。  何も言わなくても、分かる。航には、灰原さんの事がきちんと。どうしてかは分からない。でも、もしかしたら人は何かのピースがハマった瞬間、視えなかった人でも幽霊が視えるようになるのかもしれない。  きっと、僕も何かのピースがハマったから、のだろう。 「……」  航が優しく言う。灰原さんは両手で口を覆うと、こくりと頷いた。瞳からは、また涙が零れている。  
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