未来を決めるサイコロ

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 家に帰ると、いつものように妹の真昼(まひる)がソファに座ってテレビを観ていた。僕は真昼に「ただいま」と言うこともなく、また真昼も僕に「お帰り」と言うこともなく、僕は階段を上った。  僕と真昼は、。  なぜ仲が悪いのかと聞かれれば、それはきっと互いにどういう接し方をすればいいのかが分からないでいるからだと思う。  僕は今年で大学2年生になって、真昼はもう高校2年生で来年は受験生だ。高校生と言えば、僕は家族ともあまり話さずに過ごしていたと思う。きっと、真昼もその状態なのだ。 小学生の時は、家族にベタベタだったが、小学校高学年になってくると反抗期がやって来て、中学生になると思春期がやって来る。高校生は大体それが過ぎた頃だけど、あまりにも家族と接しなさ過ぎて、今度はどういう対応を取ればいいのか分からない。大学生になって、やっと接し方を思い出す。  真昼が大学生になればきっと、僕たちの関係も今より改善されると思う。  だけど、僕は別に真昼との仲が悪かろうが、構わなかった。兄妹なんて、そんなもんだろ。  仲が良いのは最初だけ。大人になるにつれて、関係はどんどん脆くなっていく。  僕はドアノブに手を掛けると、鞄をベッドに放り投げて、その横に倒れる。今日も一日、つまらない授業を聞くだけの日々だった。  大学生活は、夢のようだと誰かが言った。でも、実際エンジョイしているのは限られた人種だけで、僕みたいに夢も希望も無いような学生は、毎日が灰色だ。授業を聞いて、課題をやって、テスト勉強して、単位を取って。そんな毎日の繰り返し。親が行けと行ったから大学には通っているけど、もしそんなことを言われなかったら僕は今頃高卒のフリーターだ。  ———人生、こんなもんなんだな。  僕は仰向けになって、天井を眺めると、心の中でぼそりと呟く。真っ白な天井みたく、僕も真っ白になれたら、何かが変わるのだろうか。透明な今、白という色に染まれば、何か世界は変わるのだろうか。  僕には、随分と遠い日のように感じられる。 「……はぁ」  僕は長い溜息を吐くと、寝返りをうち、首元に腕を当てた。外では春風がそよそよと吹いていて、少しだけ耳元にヒューという音が聞こえる。夏に向けて、少しずつ暖かい日差しに変わる春だが、僕の心は未だに冬眠したままだった。 ***  目を覚ますと、部屋の中はあっという間に暗く染まっていて、もう夜であることを感じさせる。ほのかにいい匂いが僕の鼻をくすぶり、僕はゆっくりと体を起こすと、まだ朦朧とした視界のまま部屋の外に出た。  廊下は電気が付いていて、非常に明るかった。僕は出た瞬間に目が眩み、何度か瞬きをする。それからゆっくりと階段を降りると、丁度真昼とすれ違う。  真昼は僕のことなんて見向きもせずに、黙って階段を上って行った。病気なんじゃないかと疑ってしまうほど、細く、白い肌は、血の気が無く、本当に大丈夫か心配になる。最近はどうやらをしているようだし、心配だ。  僕はその後ろ姿を少しの間だけ眺めて、それからリビングのドアを開く。食卓では、夕飯を食べ進めている両親の姿があった。 「あら、起きた?」  母は僕の顔を見るなり、立ち上がると、炊飯器に近づき、米を茶碗に盛っていく。どうやら起こしに来たそうだが、僕が寝ているのを知って、寝かせたままにしておいてくれたらしい。僕はこくりと頷くと、テレビで流れている野球の中継に夢中な父の隣に座る。母が僕に茶碗を渡すと、僕はそれを受け取って、両手を合わせた。 「いただきます」  ちらっと前を見ると、真昼は今日も少ししか食べなかったのか、綺麗に片付けられたがある。最近はずっとこんな感じだ。もう数か月は真昼と一緒に食事をしていない。  僕も高校生の時は、そんな感じだったから何とも言えないのだが。今はもう少し、家族と接しておけば良かったと後悔している。  僕は大好物の麻婆豆腐を口に放り込むと、米をかき入れる。麻婆豆腐と米は、最高の組み合わせだと思う。ピリッと辛い麻婆豆腐を米が優しく包み込んでくれる。うん、美味い。 「そう言えば、もうそろそろで(みのり)ちゃんの三回忌よね? 海斗(かいと)はもちろん行くんでしょ?」 「……うん、一応」 「何よ、一応って。稔ちゃんとは仲が良かったんでしょ?」 「まぁ」  僕は言いにくそうに返事をすると、また米をかき入れる。さっきまで感動するぐらい美味しかった麻婆豆腐と米の組み合わせは、今はあまり喉に通りそうになかった。  稔ちゃん、と呼ばれる彼女は僕の幼馴染だ。僕より少しだけ年上で、活発な女の子だった。オシャレに敏感で、真昼の憧れの存在だったらしい。  そんな彼女が亡くなって、そろそろ2年になる。真昼も、稔ちゃんが亡くなったと聞いた時は、数日部屋の外には出てこなかった。 「香典、当日に渡すから、忘れず持っていきなさいね」 「うん」  僕は水で無理やり米を胃に流し込むと、茶碗が空になったのを機に、箸を置く。 「ごちそうさま」 「あら、もういいの?」 「うん、あんまお腹空いてなかったから」 「そう」  僕は食器を持って立ち上がると、後ろでテレビの奥が熱狂するのと同時に、父さんも熱狂する。ホームランという言葉が聞こえたから、誰かがホームランを打ったのだろう。僕は野球に興味は無いし、詳しくも無いからボールやストライクの違いも分からないが、ホームランが凄いことだけは分かる。母は苦笑を漏らしていた。  流し台には、既に真昼が洗ったのか、真昼の食器は。どうやら洗った後に、綺麗にタオルで拭いて食器棚に戻したらしい。数か月前まで一切やらなかったのに、一体どういう心境の変化だろう。好きな男でも出来たのだろうか。  僕もスポンジに洗剤をつけると、泡立たせて食器を洗う。決して好きな子がいるとか、そういう訳では無い。ただ、妹がここまでやっているのに兄がだらしないのは、個人的に嫌なだけだ。僕は水で泡を完全に流し終わった後、乾いたタオルで拭くと、食器棚に閉まった。
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