手紙

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 もうすぐで冬になる。外は一色、秋色に染まっているが、すっかり気温は冬となっていた。木々が寂しくなり、外はマフラーと手袋が無いと厳しくなってきている。食堂でのメニューも、温かいものが中心になってきた。  僕は、温かいうどんを啜ると、大分顔色が良くなった航がカレーをもりもりと食べた。灰原さんの一件以来、航の不眠症はされ、顔色も健康的になっていた。僕はそれを見ると、言ってよかったなと思う。 「ん? 何かついてる?」  じっと航の顔を見ていたせいか、航が僕の視線に気づき、口周りを手で触っている。僕は首を横に振ると、「何でもない」と言って、またうどんを啜る。不思議そうな顔をして航がじっと僕のことを見るが、特に何も言わずにカレーを食べ進めた。 「ねぇ、優斗ー。ちょっと、いい加減しないでよー! 悲しいじゃん!」  食堂でいきなり騒がしい声が聞こえたと思うと、僕は声のする方を見る。そこには、一人の少年が静かに食事をしており、その傍には一人の少女が懸命に少年に話しかけていた。明るく、活発な少女は少年に見向きもされず、少し苛立っているようだ。 「どうかした?」 「え、いや別に」  僕はまたうどんに向き直ると、静かにうどんを啜る。航のこの反応からして、僕の心にストンと何かが落っこちてきたような気分だった。  僕には、。    食堂で、これほども騒いでいるのにも関わらず、誰にも視向きはされないのは、幽霊の決定的な証拠だった。僕は何て残酷なのだろうと思いながら、うどんを食べ進めると、最後にうどんのスープを飲み干して、トレーの上に乗せた。丁度同じタイミングで航も食べ終わり、トレーに乗せると席から立ち上がり、返却口に返しに行く。それから僕は、ちらりとその少年に目を向けて、立ち上がったのを見ては、後にピッタリつく。 「次の授業、だるいなー」  僕は航がどこかへと視線を向けている間に、ポケットからハンカチを取り出し、前を歩く少年の肩を叩く。隣では、相変わらず元気な声で幽霊の少女が懸命に話しかけていた。 「はい」  少年は僕を見ると、その事に対して苛立ちを感じた少女が「何で私のことは無視するのさ!」と大声で言う。僕は一瞬、彼女に視線を送ると、彼女とバッチリと目が合い、彼女が驚いた顔をした。 「これ、」 「えっ、おい、海斗……!」  僕がいつの間にか見ず知らずの人に話しかけていることに驚いた航がすかさず僕に耳打ちをすると、僕は構わず彼に話しかける。  彼は僕が持つハンカチを見て、首を傾げた。 「これは俺のじゃないっすね」 「あ、そうですか……すみません。違う人のみたいです」  僕は彼に弁明すると、彼が不思議そうな顔をして前に進む。 「それ、……何で嘘吐いたの」 「あれ、僕のだったみたい。忘れてたよ」 「……大丈夫か?」  僕はニコッと笑みを浮かべると、また前に歩き出す。すると、先ほどから彼の傍で懸命に話しかけている少女がちらちらと僕の方を見ていた。僕は軽く会釈をすると、それを見た彼女がまた驚いた顔をして、それからこちらに駆け寄ってくる。 「あ、ごめん。僕、トイレ。ちょっと先行ってて」 「はーい」  航に嘘を吐き、僕は近くの影に立つと彼女が僕の前まで来て、キラキラと目を輝かせた。 「ねぇ、君!」 「何ですか?」 「良かったぁ、君は私のことしないんだね! お姉さんは嬉しいよー」  頬を紅潮させた彼女が僕を見るなり、満面の笑みを浮かべる。まさに「笑顔」がよく似合う、そんな少女だった。ちょっと幼く見えるが、もしかしたら年上の可能性もあるので、取り合えず敬語にする。 「私、津崎朱莉(つざきあかり)! 3年生ね。君の名前は……」 「西本海斗です。2年生です」  やはり、年上だったらしい。 「海斗くん! いやー、無視しないでちゃんと話してくれたのは海斗くんが久しぶりだよー。もう、皆して私のことするんだもん! 朱莉ちゃん、怒っちゃうぞ!」 「無視……」 「そうなんだよー。優斗も、あ、さっきの子ね。河上優斗(かわかみゆうと)って言って、私の幼馴染なんだけど。何か怒ってるみたいで、もう3年ぐらい無視し続けてるの。目も合わないし、本当に酷い奴だよね。こっちは謝ってるのに、それにも耳を傾けてくれなくてさー」  僕は心の中で、靄が出来ているのに気付くと、もう一度津崎さんに「無視?」と聞いた。すると彼女は元気よく頷き、僕の心の中の靄がさらに広まっていく。  津崎さんは、自分が幽霊であることを認識していない。いや、認識していないのだろうか。3年間ずっと無視し続けられたら、さすがに異変に気付くはずだ。それに、幽霊にも死んだ時の記憶はあるはずだ。なら、彼女はどうして「」と言い張っているのか。  津崎さんは、幽霊であることを。自分が死んだという事実を受け止められずにいる。  このタイプの幽霊に会ったのは、初めての事だったから大分困惑した。稔ちゃんも、吾妻さんも、灰原さんだって自分が幽霊であることを認識していた。それなのに、津崎さんはそれをせずに「」と思っている。3年間、ずっと。  チャイムが鳴ると、津崎さんが「あ、やべ」と言って、急いで駆けだす。 「じゃあね、海斗くん! 話してくれて、ありがとう!」  そう言って、どこかへと駆けだす津崎さんに、僕は手を振りながら、急ぎ足で次の教室へと向かった。
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