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家に帰ると、相変わらずリビングで真昼がテレビを眺めていた。この時間帯はほとんどニュースしかやっておらず、飽きているのか真昼がソファに横たわっていた。
「ただいま」
僕は真昼に帰りの挨拶をすると、真昼が僕を見て「おかえり」と言う。それからテレビに視線を移すと、僕はマフラーを取りながら真昼に動くように言って、空いたスペースに座る。
「今日、幽霊に会った」
「……そっか」
「その人は、自分が幽霊であることを認識していないようだった」
僕はそう言うと、真昼がテレビのリモコンを握ってテレビを切る。僕の方を見て、「それで?」と話を急かすように言った。
「認識していない、というかは信じたくないように視えた」
僕はそう言うと、真昼が静かにその話に耳を傾けながらじっと僕の事を見る。相変わらず病気なのではないかと疑ってしまうほど、色白の肌は寒さのせいか透き通って見えて、心配になりそうだ。
「もう3年もずっと、誰からも無視されていると津崎さんが言ってた。それでも彼女は、めげずに河上さんに話しかけていた」
僕はちらっと真昼を見ると、真昼が僕から視線を反らして、真っ暗なテレビの画面を見つめる。それからふーっと息を吐くと、寒さで少しだけ息が白くなっていることに気付いた。そう言えば、ヒーターも暖房も入っていない。
僕は立ち上がると、近くにあったヒーターの電源を付けて、近くに持ってくる。そしてふと、思ったことを口に出した。
「どうして信じたくないんだろうな……」
僕はヒーターの前温まりながら言うと、真昼がしばらく何も言わずに、ただ横になっただけの音が聞こえた。
「人間は、死ぬのが誰だって怖いから。自分が死んだことを受け入れてしまったら、何もかも終わってしまうと思ってしまう。誰だって、自分が死んだことなんて受け入れたくないよ。それは遺族も同じ」
しばらくしてから真昼が言うと、どこか重みがあった。
僕は、こくりと頷くと、真昼がリモコンに手を伸ばし、テレビの電源を入れる。丁度、ニュースでトレンドコーナーがやっていて、真昼が食い入るように眺めていた。僕はそれを見て、女子高生だなと思う。
「ねぇ、真昼」
真昼な何も言わずに、じっとテレビを眺めると、僕はヒーターの前から立ち上がって真昼の顔が見える所に立つ。真昼はちらっと僕を見ると、それからまたテレビに向き直ってしまった。
「どうしたら、津崎さんに自分が幽霊であることを分かってもらえると思う?」
真昼はまた僕を見ると、じっと僕のことを見つめるも口は閉ざしたままだった。僕たちはしばらく目を合わせながら、じっと時が過ぎるのを待った。
「直接。直接言えばいいと思う」
真昼がやっと出した答えは一番無難で、でも僕が一番やりたくないことだった。直接言うとなると、きっと津崎さんはそれを信じないだろう。もしかしたら彼女を傷つけてしまうかもしれない。それは酷だ。なるべく、直接言うのは避けたい。出来れば間接的に、津崎さんに自分が幽霊であることを信じざる負えない状況を作り出したい。
でも、それはそれで酷だった。彼女は自分が幽霊であることを信じたくない。でも、信じない限り彼女が辛くなるだけだ。彼女の未練を断ち切って、あの世へと送ることも出来ない。
やはり、どうしても彼女に自分が幽霊であることを信じさせるのは、今の彼女にとって決して「幸せ」だとは言えないと思った。
「不満そうな顔してる」
真昼が僕の顔を見るなり、呟くと、僕は負けたように溜息を吐いた。それを見て、真昼が同じく溜息を吐く。
「言ってあげないと、その津崎さんって人はずっと不幸だよ」
「でも、今まで拒絶してきたのに、それを受け入れるのは彼女にとって酷だ」
「それでも、幽霊には幽霊なりの生き方があるんだから。いつまでも生きているように装うのは、ダメだよ。幽霊にとって、苦しい心情を作り出すだけ」
真昼の言っていることは正しかった。でも、どうしても僕はそれを受け入れたくなかった。今まで散々幽霊を視てきたから分かる。
幽霊は、何かを諦めない限りあの世には行けない。稔ちゃんも、吾妻さんも、灰原さんも、津崎さんだって何かを諦めない限りあの世には行けない。もう十分大きなものを失っているのに、さらにそこから何かを諦めないといけないのは、苦だ。
「お兄ちゃんが思ってるほど、幽霊は簡単じゃないんだよ。お兄ちゃんには分からないかもだけどさ」
真昼は立ち上がると、テレビの電源を切って、リビングを後にする。バタンという音と共に、部屋の中には静寂が訪れた。いや、元々静寂は訪れていた。ただ少しだけ、僕が特殊なだけだ。
僕はさっきまで真昼が座っていたソファに座ると、全身の体重を背もたれに預ける。真っ白な天井が、僕の目には、とても綺麗だとは思えないぐらい灰色に近く見える。
「僕は、何に恐れているんだろうな……」
僕はふっと息を吐くと、少しだけ温度が下がった部屋で白い息がカーテンをするように僕の身を包んだ。
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