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「じゃあ、僕は帰るよ」
「ああ、じゃあな」
僕は航に別れを告げると、航が教室から出て行く姿をじっと眺める。
結局、昨日あれから真昼と話すことも無く、一日が過ぎた。晩御飯も、過度なダイエットをしているせいで、すぐに食べ終わるし。だからいつも一緒には食べないけど、やはり下りてこないと不安になる。
僕は荷物を整理すると、リュックを背負って、教室を出た。廊下では数名の学生たちが楽しそうに談笑しながら屯ってる。その中を僕はすり抜けながら外に出た。雲一つない真っ青な空は、今の僕の心には不釣り合いのように思えた。
マフラーを巻きながら、正門まで歩いていくと、途中ベンチに座っている津崎さんを見つけて、歩み寄る。津崎さんの近くには河上さんはいなくて、彼女は一人悲しそうにベンチに座っていた。
「津崎さん」
僕は彼女に呼びかけると、彼女が顔を上げて、僕の顔を見るなり笑顔になる。
「海斗くん! どうぞ、座って!」
僕は津崎さんの隣に腰掛ける。津崎さんの笑顔は、前に見た時よりも各段に輝きがなくて、それだけ彼女の心には十分ダメージがあることが容易に分かった。
僕は何て声を掛けようかと頭の中で、脳をフル回転させる。でも結局浮かぶのは、あまりいい言葉ではなく、言えずじまいになってしまった。
「また優斗に無視されちゃった……」
津崎さんが悲しそうに呟くと、僕は「そうですか」と呟く。津崎さんが今にも泣きそうな顔をしながら、じっと足元を眺めて、僕は敢えて津崎さんを視ずに、正門へと向かう学生たちの流れを見た。
「優斗ね、きっと怒ってるんだと思う」
「怒ってる……?」
「私ね、優斗からの告白を聞かなかった振りして、スルーしたの」
彼女は懐かしそうに目を細めて悲し気に笑うと、僕の胸がきゅっとなる。痛々しい表情に、僕は何も声を掛けられずに、僕は何て無力なんだと自分を責めた。
「夏祭りの時にね、告白されたの。でも花火の音でね、かき消されちゃって。私、それを装って聞こえないフリした」
「……それは、どうして?」
津崎さんが一瞬僕を見て、それから悲し気にまた笑うと、足元をぶらぶらさせる。
「今の関係が一番だから」
津崎さんと河上さんは、幼馴染だと言っていた。告白をして気まずい関係になるよりかは、今の心地よい関係の方が2人にとって、良いのかもしれない。だから津崎さんは、告白を聞こえない振りをして、スルーした。
そうすれば、今の関係のままずっと続くと思ったから。
「私は、優斗に恋愛感情は無い。だから、優斗とは付き合えない。でも、振りたくない。優斗は大切な幼馴染だから、傷つけたくない。だから、夏祭りの日、わざと聞こえない振りをした。そうすれば、互いにこの関係を続けることが出来るから」
思った通りだった。
僕は小さく「そうですか」と呟くと、烏が頭上を飛び、小さく鳴く。
「それを、優斗は怒ってるんだよね、多分。だから、無視してる」
それは違う。
僕は心の中で強く言うと、それが口に出来たらなと思った。言うなら、今しかない。このタイミングで言わないと、結局言えなくなってしまう。「貴方は幽霊だ」なんてこと、簡単に言えたらいいのに、相手が傷つくと分かってしまえば、言えなくなってしまう。
やはり僕は臆病だ。あの日からずっと。相手が傷つくのが分かれば、それが最適な選択だとしても選ばない。選べない。
「どうして、無視するんだろうね。優斗は、そういう子じゃないんだよ。優しくて、面白くて、人との付き合いは苦手だけど、頭が良くて、すごく良い子なんだよ? 何で、無視するのかなぁ……」
泣きそうな声で津崎さんが言うと、僕は口をもごもごさせながら、心の中で葛藤と戦う。
「それは……どうしてでしょうね……」
僕は首を項垂れると、結局言えなかった自分の臆病さに呆れる。結局、言えなかった。幽霊である事実を突きつければ、津崎さんが悲しむ。それだけは避けたかった。誰かを傷つけて、関係を悪化させるのは、もう絶対にしたくない。それが僕があの日からずっと変わらず持っていたポリシーだ。
「まぁ、海斗くんに分かるわけないよねー。ごめんね、変なこと聞いちゃって」
津崎さんがへらっと笑みを取り繕うと、ベンチから立ち上がって、大きく腕を回す。その姿を眺めながら、無理をしているということが直感で分かった。
「さてと、私も帰るかな」
「じゃあ僕も」
僕はベンチから立ち上がると、津崎さんがニコッと笑ってさっきまで沈んでいたとは決して思えないほど、眩しい笑みを浮かべていた。でもそれは表面上なだけで、中身は悲しさや寂しさなどの負の感情で、これでもかと言うぐらい埋め尽くされているのだろう。
「まぁ、ゆっくり付き合っていくよ。それにもうこの生活にも慣れちゃったしね。まぁ、出来るならどうして無視してるのかは知りたいけどさ」
「それは貴方が幽霊だからですよ」
僕は後ろを振り返ると、学校帰りなのか、制服を着た真昼が真っすぐに津崎さんを視て言った。僕は目を見開くと、真昼はじっと津崎さんを眺めながら津崎さんに近づいた。僕は唐突の出来事に呆然としていると、きょとんとした津崎さんが真昼を眺めながら静かに立っていた。
「貴方が、幽霊だからです。だから貴方の事を誰も視えない。それを貴方は無視していると勘違いしている。実際は、貴方はもう死んでいて、お兄ちゃんみたいに視える人にじゃないと気付いてもらえない。貴方はそういう状態なんです」
そこまで言うと、津崎さんが顔を歪めた。
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