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突然の真昼の登場に、僕は何も言えずにただ、目の前で繰り広げられている出来事を呆然と見つめることしか出来なかった。
真昼は強い口調で、津崎さんに事実を突きつけると、津崎さんがその言葉を聞いて一瞬顔を歪めた。
「貴方は幽霊なんです。それを、受け入れてください」
「真昼……!」
「お兄ちゃんは黙ってて」
僕はやっと出た声を絞り出すと、それを遮るように真昼に強い口調でシャットアウトされた。津崎さんはじっと真昼を眺めている。顔は歪んだままだ。
「どうして、そんな事言うの……? 私が幽霊って、そんなの有り得ないよ」
「でも実際、貴方は幽霊なんです。だから、その河上さんって人にも気付いてもらえない。無視されてるんじゃない。気付いてもらえないだけです」
それを言うと、さらに津崎さんの顔は歪み、涙目になる。
「私、優斗探しに行かないと……」
津崎さんはそう言って、涙目のまま僕に別れを告げることもなく、その場から立ち去ると、僕たちの間には不穏な空気が漂っていた。
「……どうしてあんなこと言ったんだ?」
「それがあの人の為だから」
真昼は何も悪びれずこともなく、強い口調で言うと、僕は溜息を吐く。また烏が頭上で鳴いて、僕は言い難い感情を心に秘めながら、必死で心を落ち着かせた。
「……何でここにいるんだ? 学校は?」
「学校なんて行ってないよ。行くわけないじゃん。行けるわけないじゃんッ! この状態で、行けると思う? お兄ちゃんは、何にも分かってない。私のことなんて、ちゃんと視てない」
その通りのことを言われ、僕は言葉に詰まる。それを見て、真昼が顔を歪めて、嘲笑うかのような声で「やっぱり」と言った。
「ここに来たのは、お兄ちゃんがきっと言えないだろうなって思ったから。実際、言えてないし。だから私が代わりに津崎さんに事実を伝えた」
「でも、あんな言い方はないだろ?」
「あれぐらい言わないと、あの人は事実を拒み続ける」
「それでも———」
「お兄ちゃんは何も分かってないッ!」
いきなり大きな声で真昼が言い、僕はびくっとする。周りを歩いていた学生はこちらに見向きもせずに、正門へと向かって歩いていた。
陽はすっかり傾いていて、茜色の夕日が僕たちを照らす。白く透き通った肌の真昼に、茜色が加わり、少しだけ儚いものに見えた。この世には到底いないような、そんな儚い存在のように思えた。
「幽霊は誰にも視えない。ごく稀に視える人がいるだけで、誰にも視てもらえない。気づいてもらえない。それが例え家族でも。それが幽霊の運命。ずっと、幽霊であることに背けていたら、それは酷だよ。自分も、周りもッ! お兄ちゃんは、何も分かってない。幽霊にとって、何年もこの現世にいるのは酷なの。お兄ちゃんも分かるでしょ? 灰原さんの時だって、あんなに苦しんでたじゃん。さっさと成仏して、あの世に行かせた方が、幽霊の為なのッ!」
真昼は一気に言葉を言うと、僕を見て、一筋の涙を流した。それから僕から顔を背けると、僕の前からいなくなる。僕は振り返ることもできずに、ただじっとその場で立ち尽くしていた。
真昼の全身全霊で感情をぶちまけた。今まで、真昼が隠していた本音を、今、この場で、僕に。
良かれと思ってやっていたことが、幽霊にとっては苦しいことだった。酷だった。良かれと思って、希望を持たせたら、それは逆に幽霊にとっては希望でも何でもない。ただの地獄だった。
幽霊は僕たちのように、視える人にじゃないと気付いてもらえない。だからその人に出会うまで、未練を断ち切ることもできない。辛くて、痛い人生を送らないといけない。大きなものを失ったのに、さらに苦しまないといけない。
真昼も、そうなのだろうか。
さっさと成仏をして、あの世に送ってあげた方がいいのだろうか。
確かに灰原さんを視ていたら、どれだけ彼女が苦しんだのかが容易に分かる。10年、航に忘れられていて、傍にいたのに気付いてもらえない。命という大きな代償を失ったのに、それから更に苦しまないといけない。失わないといけない。
それはあまりにも酷だ。苦だ。
僕は力が抜けて、ベンチに座ると、全体重を背もたれに預ける。少しだけ雲に覆われた空は、だんだんと暗くなっていく。ぼやけていく。
いつの間にか流れた涙に、僕は心が痛む。真昼の泣き顔なんて、もう何年も見ていなかった。あれだけ、後悔したのに、僕は結局真昼を悲しませる。関係を悪くさせてしまう。
あの日から、誓ったじゃないか。列車脱線事故があったあの日から。何があっても、僕は誰も傷つけない。誰との関係も悪くさせないと。後悔しない生き方をすると。それなのに、僕はまた後悔している。自分の選択に。真昼を泣かせてしまったことに。
「これ、どうぞ」
僕は首を動かすと、ぼやけた視界のまま一人の人物を眺める。涙を拭って、その人を見ると、河上さんが無言で僕にハンカチを差し出していた。津崎さんの姿は無い。
「ありがとう、ございます……」
僕はありがたくハンカチを受け取ると、涙を拭う。それからしばらく、涙は収まらなかった。ずっと蓋をしていた感情が、表に出てしまったのかもしれない。
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