19人が本棚に入れています
本棚に追加
「すみません、呼び止めちゃって……」
「いえ」
僕は泣き腫らした目で言うと、河上さんと共に近くの席に座る。大学から出て、近くのカフェにやって来た。河上さんに思わず口走ったことを言ってしまい、自分でも驚いたが、彼は何も言わずに頷くと、僕と一緒にここに来てくれた。
津崎さんの言った通り、本当に優しい人なのだろう。
「ハンカチ、ありがとうございます。今度、洗って返します」
「いいですよ、持っててもらって」
「いえ、僕が許さないので」
「……そうですか」
僕たちは近くにいた店員にホットコーヒーを頼むと、出てきたおしぼりで手を拭きながら、何を話そうか迷う。
「あ、僕、西本海斗って言います。2年生です」
「河上優斗です。3年生です」
「……知ってます」
僕がそう言うと、河上さんが少し驚いた顔をする。そう言えば、津崎さんが前に人との交流をしない人だと言っていた。だから、まさか自分が知られているとは思っていなかったのだろう。
「どうして、俺を?」
「河上さんを知っている人と話したことがあって」
そう言うと、河上さんはさらに顔を顰めて、訳が分からないといった顔をする。一体誰なんだと、きっと心の中で思っているのだろう。
「誰、ですか?」
「それは順を追って説明します。まずは、僕の話を聞いてくれませんか?」
河上さんがきょとんとした顔で、こくりと頷くと、やって来たホットコーヒーを一口啜って、心を整える。
「僕には、大切な人がいるんです。でもその人、死んじゃって。列車脱線事故で。もうすぐで一年になります。その時は仲が悪かったので、事故に遭ったって聞いた時、後悔しました。でも彼女は僕の前に、幽霊として現れて、普通に生きているように振舞って。でもそれは全部、僕の為だったんです。彼女は、そんなこと本当はしたくなかったんです」
河上さんが眉をピクリと動かすと、「幽霊?」と言った。それが当然の反応だ。僕は頷くと、河上さんがさらに顔を顰めた。落ち着かせるために、一度ホットコーヒーを喉に流し込んで、それからまた同じ質問をする。僕はまた頷くと、河上さんが唖然とした表情を浮かべた。
「幽霊が視えるって言ったら、信じてもらえますか?」
「いや……」
河上さんは苦笑いを浮かべると、僕は「ですよね」と言う。それからホットコーヒーを飲んで、机の上に置いた。
「津崎朱莉さん、ご存知ですね?」
僕は優しい声で河上さんに言うと、河上さんが目を大きく見開いて、それから口をパクパクさせる。目にはうっすらと涙が浮かんでいた。僕は声を荒げることも、静めることも無く、一定の調子で言う。
「河上さんのことは、彼女から聞きました」
「……何で、君が彼女の事を?」
「津崎さんは、幽霊として河上さんの傍にいるからです」
そこまで言うと、河上さんが焦ったような顔を浮かべ、ホットコーヒーを啜る。コーヒーを飲んでいる最中も、ちらちらと僕の顔を窺うように眺めていた。
「幼馴染、なんですよね?」
「何で知ってるんですか?」
「津崎さんから聞きました」
僕ははっきりとした口調で言うと、河上さんが言葉を詰まらせ、黙り込む。僕はホットコーヒーを飲んで、乾いた喉を潤すと、ふーっとか細い息を吐いた。
「津崎さんは、ずっと河上さんの傍にいて、ずっと話しかけています。でも、当然反応はありません。それでも、彼女は河上さんに懸命に話しかけている。その事に対して、津崎さんは、河上さんを怒らせてしまったから無視しているんだと思っています」
「怒らせた?」
「夏祭りの日、津崎さんはわざと聞こえないフリをしたそうです」
そこまで言うと、河上さんが動揺したように瞳を揺らし、口元を手で覆った。僕は何も言わずに、じっと河上さんが喋るのを待つ。しばらく河上さんが口を開くことは無かった。彼は、心の中でじっと何かを考えているのかもしれない。
「本当に……幽霊が視えるんですか?」
「視えます」
僕はそう言うと、河上さんが「そうですか」と小さく言った。どうやら津崎さんのことで、信じてくれたらしい。悲し気な笑みを浮かべて、ホットコーヒーを啜る河上さんに、僕は津崎さんのことを言うべきか、否か迷う。だが、彼には言った方がいいのではないかと直感的に思った。
「津崎さんは、自分が幽霊であることを認識していません。信じたくないんです。自分が、死んでいるということを。だから、河上さんに無視されていると言っています」
「……彼女は、交通事故に遭って亡くなりました。高校3年生の時に」
「そうだったんですね」
「それからは俺も、彼女の事をなるべく思い出さないようにしています。思い出したら、泣いてしまうので。名前も呼ばずに、君、とか彼女、とか。他人行儀で呼んで。決まった日にしか、彼女を思い出さないようにしているんです。だから正直言って、今も泣きそうです、本当に……」
「すみません」
「謝らないでください。悪いのは俺なんで」
そう言って、悲し気な笑みを浮かべてホットコーヒーを飲み干すと、しばらくの間、僕たちの間には沈黙が立ちはだかった。
最初のコメントを投稿しよう!