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全授業が終わり、僕は校舎を出るとと、鞄に忍び込ませた手紙を確認して、事前に約束していた待ち合わせ場所へと訪れる。昨日、カフェで河上さんと連絡先を交換したお陰で、いつでも連絡を取れるようになった。
既にベンチに座って僕を待っていた河上さんに僕は歩み寄ると、そこには津崎さんも一緒にいた。今日は何も言わずに、じっと傍にいては河上さんのことを眺めていた。
「河上さん」
僕は河上さんの名前を呼ぶと、河上さんが立ち上がって僕に会釈をする。
「急に呼び出して、どうしたんですか?」
「預かり物があって」
「預かり物?」
僕は鞄から、昨日津崎さんが書いた手紙を河上さんに渡すと、河上さんがそれを受け取って不思議そうな顔をする。
後ろにはやって来た真昼が、じっとその光景を眺めていた。
「手紙? 誰からですか?」
「開けたら分かります。それじゃあ」
僕はそう言って、真昼と一緒に離れた場所に行くと、木陰で河上さんを見守る。河上さんは躊躇いながらも、手紙を開けると、便箋を開いて中身を読んだ。そして、すぐに津崎さんからの手紙であることに気づき、辺りを見渡した。
無論、傍にいるのにも関わらず、河上さんに津崎さんの姿は視えない。
河上さんは目を凝らしながら、静かに手紙を読み進めていった。
***
優斗へ
久しぶり、元気にしてた? って言っても、私はずっと優斗の傍にいたから、優斗が元気なのは知ってたけど。あ、元気って言うのは健康って意味でね? 優斗、笑わないし、友達もいないし、幼馴染としてすっごく心配してるんだからね? ちゃんと、友達作りなさい!
信じてもらえないかもしれないけど、これは私本人が書いたものです。貴方の幼馴染、朱莉ちゃんが書いたものですよー。え、信じない? 信じなさい。馬鹿かって? 馬鹿って言った方が馬鹿なんですー。
って、茶番はここまで! 今回私が手紙を書いたのは、返事をするためだよ。
私ね、最近まで自分が幽霊だってこと信じてなかったの。私は生きてる。まだ生きてるって呪いのように心の中で思ってた。でも、優斗にいくら話しかけても優斗は気づかないし。でもね、最近海斗君とその妹ちゃんに言われて、やっと受け入れたの。
私は幽霊なんだ。もう死んでるんだって。受け入れた瞬間、スッキリした。そして、悲しかった。もう生きてないんだって思うと、虚しかった。
だから、最期にここで未練を断ち切らせてください。
私ね、夏祭りの日、優斗が告白したの知ってたんだ。でも花火の音でかき消されたって言う口実を装って、スルーした。ごめんね。でも、そうしたかったの。私は優斗と幼馴染の、この心地よい関係でいたいの。
だから優斗の気持ちには応えられない。ごめんなさい。
でも優斗は私にとって、最っ高の幼馴染だよ! 面白いし、優しいし、頭良いし、ちょっと残酷な時もあるけど、でもそういうところ含めて、私は好き。恋愛としての好きじゃないけど、友人として、幼馴染として、純粋に好きだよ。
私のことを好きになってくれてありがとう。
長い間、返事が出来なくてごめんなさい。
これからも私のこと、忘れないでね。私も絶対に優斗のこと忘れないから。天国に行っても、地獄に行っても。まぁ、地獄には行かないと思うけど。だって、私すっごくいい子だし? 優斗も知ってるでしょ?笑
絶対に忘れないよ。絶対に。約束。
最後に、海斗くんのこと大事にしてね。あの子、本当にいい子だから。他人の為に、本気で悩めたりするのは、才能だよ。そういう人、この人生で会えるかどうかぐらいレアなんだからね。大切にしてね。それが私の最後のお願い。
幸せになってね。私の為にも、長生きしてね。
今までありがとう。お元気で。
朱莉より
***
手紙を読み終えた河上さんは、ぎゅっと手紙を掴んで、声を震わしていた。
「朱莉……朱莉……」
河上さんが、その場で崩れ落ちると、手紙を握りしめながら唸り声を上げる。僕たちはその姿を見て、歩み寄ろうと思ったが、津崎さんが河上さんを抱きしめたのを視て、止めた。
手紙には、どんな内容が書かれていたのかは僕たちは知らない。でも、河上さんにとって相当心に響き、刺さることが書かれていたのは間違いなかった。
横を行きかう学生たちは何事かといった表情で横を通る。だが、そんなの気にせず、河上さんは子どものように泣き声を上げて泣いていた。
そして、風が吹き、僕が目を瞑って開けた次の瞬間、津崎さんの姿はどこにもなかった。
しばらくしてから、僕たちは河上さんに近づくと、前に河上さんから借りたハンカチを彼に渡す。それから彼に微笑を浮かべて、大学を後にした。
「……行っちゃったね」
「ああ」
僕たちは駅へと向かう道なりで、そんな会話をしながら静かに歩く。周りでは木々が風に吹かれて揺れていて、それは応援歌のように聞こえた。
「私、成仏されるなら、お兄ちゃんがいいな」
突然、真昼がそう言うと、僕は足を止めて真昼を視る。数歩先で、真昼が足を止めて、僕を見た。
「私の未練、断ち切ってくれる?」
僕はしばらく無言でいながら、じっと真昼を視る。答えはもう、決まっていた。
「ああ、勿論」
もう二度と、後悔はしない。
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