模倣

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 家に帰ると、既に帰っていた母が夕飯の準備をしていた。父はまだ帰っていない。 「ただいま」  僕はリビングに顔を出してそう言うと、母が「お帰り」と明るい声で返してくれる。食卓には、僕と母、父、そしてが並べられていた。母は、真昼が死んでからも欠かさず真昼の食事を用意していた。だが、真昼はいないから食べる人もいない。だからいつも母は「過度なダイエットは禁物なのに」と言う。言って、笑う。。何もかも。  父もそれをただ見て笑っているだけだった。「真昼は細いのになぁ」と言って、またご飯を食べる。それを僕はただ聞き流しながら、ご飯を食べていた。  真昼の遺影も飾って無ければ、墓参りにも行っていない。だって、まだ。真昼が死んだことを受け入れていないから、行動に移せない。まだ生きていると思いながら、日々を過ごしている。そして今日も、母は真昼の分の夕食まで用意している。 「母さん」 「ん?」  僕は母さんに近づくと、母さんが手を動かしながらキッチンで忙しそうに動き回っている。今日の夕飯は材料から推測してカレーだろうか。 「、やるんだよね?」  一周忌、という言葉を発した瞬間、一度母の手が止まった。こちらを一瞬見て、それからまた材料に目を向ける。心臓が止まったようなひと時だった。 「一周忌? 誰の?」 「……のだよ」  バンッ、と鈍い音が聞こえ、僕は体を震わせると目を瞑る。次に目を開けた時には、母が険しい顔をしながらこちらを睨んでいた。手に包丁を持っているせいか、今にも人を殺しかねない雰囲気だ。僕は悪寒がすると、身震いする。 「真昼は死んでないでしょ? 勝手にッ」  母はピリピリした声で言うと、僕は怖気づきそうになる。後ろでは真昼が真顔で僕たちの会話を聞いてた。やはり、母にこの話はタブーだった。でもここで引き下がるわけにはいかない。もしこのまま母も父さえも真昼が生きているように振舞ったら、真昼の心が押しつぶされてしまう。一生、あの世に行けないまま苦しみながら現世に残らなければいけない。  それは酷だ。真昼にとっても、視える僕にとっても。 「母さん、いい加減に現実を見よう」 「真昼は死んでないでしょう? 現実を見るのは海斗の方じゃないの?」 「真昼は死んだよ、一年前に事故に遭って」 「死んでない。どうしたの、今日ちょっと変よ?」 「変なのは母さんたちの方だよッ!」  僕は今までで一番大きな声を出すと、母が目を見開き驚いた様子で僕を見る。僕は心を整えるように深呼吸をすると、母を見る。母の瞳には涙が溜まっていた。一度も見たことがない母の涙に、僕は狼狽えた。 「何でそんなこと言うの……」  母はその場に崩れ落ちると、僕はすぐに駆け寄る。真昼も心配してキッチンにやって来ると、母さんの傍に座った。母は嗚咽混じりに泣いていた。見たことがない母の姿だった。 「ごめん、母さん」  母は僕の言葉に返すこともなく、ただ嗚咽していた。僕は優しく母の背中を擦って、母に「ごめん」と何度も口にする。それからしばらくして父が帰って来て、異変に気づいた父がキッチンにやって来ると母の姿を見て目を見開いた。 「どうしたんだ?」 「僕のせいなんだ」 「海斗?」  父が僕を怪訝な目で見ると、僕と代わって母の背中を擦り、僕はその場に居づらくなりリビングを後にした。  部屋に入ると、一気にどっと疲れが外に出た。初めて見た母の涙。母の弱々しい姿。事実を拒み続ける姿。 「お兄ちゃん、大丈夫……?」  真昼が僕をじっと見ると、僕はちらっと真昼を見て、それから首を項垂れた。最初からすんなりと上手く行く訳ないと思っていたが、まさかこれほども母は拒んでいるとは思わなかった。だが、それを僕に言う資格はない。だって、この家で一番真昼の死を拒んでいたのはなのだから。  幽霊が視える力に縋って、真昼を生きているように扱った。母も父も真昼の姿は視えてない。僕だけが視えている。僕が一番、真昼にしている。 「真昼の未練は、僕たち家族が真昼の死を受け入れることだろ?」  真っ暗な室内で、僕の低い声だけが辺りに広がった。真昼はこくりと頷くと、僕はやっぱりなとなる。鞄をそこら辺に投げ捨て、僕は立ち上がるとおぼつかない足取りでベッドに潜り込んだ。 「ごめん、私のせいで」 「悪いのは真昼じゃないよ」  全部、僕が悪い。  いつもの僕ならこんなに噛み付かないし、そもそも真昼の話を両親にもしない。両親がそれを聞きたくないと分かっているからだ。でもさっきは自信家の模倣をして、初めて反論した。そしたら母を泣かせた。 「なぁ、真昼。僕が成仏させるから、もう少しだけ我慢してくれ」  僕なりには、かなりカッコいい台詞を言ったなと思う。ベッドに潜っているせいで、真昼の顔は視えない。だが、声の調子で真昼が一体どんな顔をしているのかが分かった。 「ありがとう」  たった一言。その「ありがとう」の言葉が、心にジーンと染み渡った。
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