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どうれば両親が真昼の死を受け入れるか分からなかった。母に直接言えば、昨日のことになるだろうし、できればもう母の泣いている姿は見たくない。僕のせいで、母を泣かせたくない。
だが、ストレートに言う以外、真昼の死を受け入れさせることは難しく思えた。やはりこれが最善の選択だと思うが、果たして人々の感情をマイナスにさせて行うことが最善の選択なのだろうか。
コンコンッ、とドアがノックされ僕は「はい」と答えると、ゆっくりとドアが開く。奥からは父が顔を覗かせて、僕と目が合うと中に入った。父の方から僕の部屋にやって来るなんて、何年ぶりだろう。
僕はしばらく固まっていると、父が「海斗」と僕の名前を呼び、床に座る。父の声から緊張感が辺りに芽生え、僕は自然と床に正座した。父は胡坐を掻きながら、僕のことをじっと見ると短い溜息を吐く。
「どうしてあんなこと言ったんだ?」
父の声は、思っていたより穏やかだった。僕のことを真っすぐ見て、逃がさないといった雰囲気を出しながらも、声は落ち着いている。いつもの父の姿だ。
「もうすぐで、一周忌だからだよ」
「母さんが拒んでいることは知ってるだろ?」
「でも、だからといって法事やらないの? 墓参りも行かないし。それに……真昼だって苦しんでる」
僕は悲し気に呟くと、父が「真昼が……」と小さく言った。
都合がいいことに、部屋には真昼はいない。今は自分の部屋で静かにしている。一人になりたいそうだ。昨日のことを見て、自分なりに思うところがあったのだろう。僕はそっとしておくことにした。変に干渉しても真昼を傷つけるだけだ。
「父さんは、それでいいの?」
僕は父を真っすぐ見つめると、父はしばらく無言でいた。目には感情の揺らぎが見える。
「よくない。俺だって本当は皆と墓参りに行きたいし、法事もやりたい。真昼が生きているように振舞うのは辛い。真昼の死が無くなったみたいで。無くせるなら、無くしたいけどでも変えることは出来ないから。だからせめて、その事実は無かったことにはしたくないんだ」
父がそう思っていたとは考えもしなかった。父も、母と同じで真昼の死を受け入れていないと思った。だって、いつも母が真昼の料理の話をすると父はそれに必ず乗るからだ。でもそれは、全部母を悲しませないための演技であって、父の本心ではない。父は、真昼が生きていた時の自分を模倣していた。
「父さんは、ずっとそう思ってたの……?」
「ああ。だから、こっそり真昼の墓参りに行ったりしてる」
「……そうなんだ」
もしかしたら、父なら僕のことを信じてくれるかもしれない。九重さんや、河上さんのように僕が幽霊が視えることを信じてくれるかもしれない。
「父さん、あのね」
ガチャリとドアが開いた。僕と父さんは扉の方を見ると、そこには真昼が驚いた顔をしてこちらを見ていた。口を半開きにし、父を見ている。まさか僕の部屋に父がいるとは思わなかったのだろう。
「え、今ドア……」
真昼が視えていない父は驚いた顔をしてドアを見ていた。父から見て、今の光景は「誰もいないのにドアが開いた」ということだろう。でもその正体は、真昼がドアを開けて僕の部屋の中に入ってきたから。
「お父さん……」
父が立ち上がると、真昼に近づく。だが真昼の横を通って、廊下を覗くと何もいないことに不信感を抱き、また元の位置に戻った。
「あれは、怪奇現象か?」
僕はちらっと真昼を視ると、真昼が焦ったように辺りをキョロキョロ見渡す。真昼と目が合って、僕は目で真昼にこちらに来るように伝えると、真昼が恐る恐るこちらにやって来て、僕の横に座った。無論、父には視えていない。
「父さん、信じてほしい」
「何だ?」
父は突然僕が話を始めたことに、少し驚いて、それから食い入るようにこちらを見た。
「僕には幽霊が視えるんだ」
そう、僕には幽霊が視える。その理由は、分からないとずっと言っていたけれどそれは違う。僕はずっとその事実に目を向けていなかったからだ。拒み続けていたから、どうして視えるようになったか分からないと心の中で念じていた。
「真昼が死んでから、視えるようになった」
「……は?」
父はぽかーんとし、僕を茫然と見つめると僕は「信じてほしい」と強く言う。
「稔ちゃんにも、大学内のバンドグループのボーカルだった吾妻さんにも、航の初恋相手の灰原さんにも、大学の先輩の津崎さんにも会った。全員、この世に幽霊として残ってるんだ。成仏できないまま苦しんでた」
「海斗、ちょっと父さん何言ってるか……」
「真昼も、幽霊として今ここにいる」
そう口にすると、父がさらに口を開き目を見開いた。僕はこくりと頷くと、真昼を視る。真昼は静かに父のことを眺めていた。
「真昼、も……?」
「うん、今隣にいる」
「隣に……?」
「さっきドアが開いたのは、真昼が入って来たからだよ」
「真昼、が……?」
父はしばらく、何て発せばいいのか分からずに狼狽える。キョロキョロと目玉を動かして、心の中で何か考えていた。
「……信じる」
僕はその言葉を聞いた瞬間、目を見開いた。信じる、と言われた。聞き間違いだろうか。いや、確かに「信じる」と言われた。
「子供を信じない親はいないさ。信じるよ」
その台詞に、少しだけ泣きそうになった。
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