ユーリの応え

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ユーリの応え

 平民議会代表のショージ・キモノは少々興奮気味であった。何しろ人生で初めて女王陛下に面会をもとめたからだ。妻にプロポーズしたときよりも、娘が産まれたときよりも緊張していた。  彼の本業は織物業で、カーキ=ツバタ王国創成期に招かれた異世界技術の持ち主の子孫である。代々技術職の家系であったが、曽祖父の若き時代に大きな事件があった。  キモノ家はブラン男爵の領民であったが、当時のブラン家の領民にたいする仕打ちはひどいもので、生きるのが精一杯になるくらい重税を課していたのだ。  仕打ちに耐えきれなくなった彼の曽祖父は、現状を王国の広場で訴え、ブラン男爵家以外の各貴族の領民を巻き込んで一大勢力となり、ついには反乱寸前までになった。  しかし時の女王ビクトリアにより平民の意見をまとめて受け取る機関を創ると約束し、反乱は未遂に終わりブラン男爵家は領地を減らされ、平民による議会が設けられた。これが平民議会ができた理由である。  そのため平民議会は女王陛下に直接意見を申し上げることはできるのだが、あくまで議会でまとまった意見をである。  ショージ・キモノは議会発足以来、初めて個人の面会を求めてきたのだ。興奮気味になるのは仕方ないだろう。 「ショージ・キモノ議長、女王陛下がお越しになられる」  部屋に入ってきた何度か会ってる親衛隊のひとりがそう告げると、ショージは立ち上がり不動の姿勢で返事をする。 「は、はい」  親衛隊員が退出してから思いを巡らせる。  ──まったくこんなことになるなんて。曽祖父のやらかしたおかげて代々議会の議長を請負ってるだけなのに、私の代でなんでこんなコトが起きるんだ──  すぐに扉が開く気配がしたので頭を垂れて待つ。 「平民議会議長のショージ・キモノであったな。頭を上げよ」  ショージは、おや? と思った。声が違う。  ゆっくりと扉側に視線を向けながら頭を上げていく。  エルザ女王陛下がよく着る豪奢なスカーレットのドレス、胸元から目をそらし、さらに上を見ると耳の長い金髪(ブロンド)の見知らぬ顔があった。しかしその頭上には女王冠(クイーンズクラウン)がある。ショージは驚きを隠せなかった。 「ユーリ・アッシュ・エルフネッドだ。2日前から女王代行をしている」 女王代行!!  ショージはくだらぬ噂のためにお叱りを受ける、最悪の場合投獄か処刑の覚悟で来たのに、まさか本当だったとはと衝撃を受けた。 「まずは座ってくれ。そちらの話からうかがおうではないか」  対面にある応接用のゆったりとした長椅子(カウチ)の中央にユーリが座ると、緊張した面持ちでショージもぎくしゃくとしながら座る。 「…………」 「…………」  ──互いに押し黙った時間が過ぎる──  ユーリはショージが話し出すのを待っている。  そしてショージは何を話していいのかわからず、口をひらけないでいる。  このあとシャイン・ロックの尋問がまっている以上、いつまでも時間を無駄にするわけにはいかない。 「エルザ女王様が崩御なされて王宮が乗っ取られているという噂がある」  ユーリの言葉にショージはびくっと震える。 「それを訊ねに来たのだろう、ショージ議長」 「は、は、その……」  顔から滝のように汗を吹き出すショージを見て、ユーリは少し余裕ができる。 「こうして私が出てきたのだから、さらに信憑性がでてきてしまったなぁ。その事実を知ってしまったからにはこのまま闇から闇へ葬り去られないだろうかと心配か」 「ひぃ」  ヒトをいたぶる趣味はないが、あえて意地悪な物言いをしてみる。 「安心してくれ。噂は誤りだ」 「は、はい」 「[カイマ事件]を覚えているか」 「それはもちろん」 「あの時、エルザ女王は無理をしてな。今頃その時の疲労が吹き出て特別な療養をしているのだ」 「そ、それは……女王陛下の御容体は……」 「国難を無事乗り切ったことに女神フレイヤ様がいたく感心なされて、フレイヤ様による治療を受けている。さすがエルザ女王陛下というところだな」 「女神様からの……」  ショージは戸惑うしかなかった。無理もなく、平民たる彼は神々に触れるようなことは今までの人生で一度もなかったからである。  神々というのは司祭や司教がさもいるように話しているだけだと思って生きていたからだ。  [カイマ事件]で戦乙女(バルキリー)化した美聖女戦士達を見ていればそうでもなかっただろうが、あいにく彼は家族とともに率先して地下街に避難していたので見ていない。それゆえユーリの言葉を迂闊に信用できないでいた。 「……どうして」  ショージは勇気を振り絞って震える声で質問をする。 「何故、貴女様が女王代行なのでしょうか。失礼ですが貴女様と女王陛下との関係は」 「もともとは[相談役]といったところかな。ショージ議長、これから話すことは王国の存亡に関わる話だ。ゆえにしばらく秘密にしていただきたい。でなければしばらく王宮に滞在してもらうことになる」  ショージは心のなかで悲鳴を上げた。王宮に滞在、それはつまり投獄されると思ったからだ。 「お、お待ち下さい。わ、私は巷に流れる噂を確かめるよう言われただけで、けっして貴女様をどうこうと……」 「その噂、どのように知ったか教えてくれぬか」  ユーリの目がきらりと輝いた。
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