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「麻美?」
妻はなかなか起きようとしなかった。
「おい、どこか具合でも悪いのか?」
急に心配になってきた。妻の麻美は真面目で優しい女だが、体はあまり強いほうではない。
明かりを点けると、毛布を被った麻美の体がびくっと揺れた。
「弘樹さん、ごめんなさい、……」
麻美がゆっくりと体を起こす。その顔色は悪く、かなり辛そうだ。
「風邪でもひいたのか? 熱は?」
「熱はないわ。でもなんだか体がだるくて……。何もやる気がおきないの。ごめんなさい……」
青白い顔で申し訳なさそうにされては、さすがに怒る気になれなかった。
「わかった、そのまま寝てろ。今日はピザでもとるよ。美咲にも食べさせるけど、いいか?」
「ええ。お願いします……」
「寝るなら、ちゃんとベッドで温かくして寝ろよ」
妻は頷き、寝室へと歩いていく。うなだれた背中がまるで老人のようだ。普段の麻美とは思えない。
「ママ、おかぜ? 今日はずっと、ねんねしてるの」
足元まで来ていた美咲が、心配そうに母親を見つめている。
「数日寝れば治るよ。美咲、今からピザを頼むぞ。ポテトも欲しいか?」
「美咲、ポテト大好き!」
風邪なのだから、数日寝れば治る。具合が悪くて寝ていたのは、たまたま今日だけ体調が悪かったからだ。
その時はまだ、そう思っていた。
しかしその日から、妻の様子が少しずつ変わっていったのだ。
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