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食っても、食っても、食っても。
※
いよいよ冬間近だ。ほんの一か月の内には雪が降り、そこから先三か月を雪に埋もれた土地で過ごすことになる。今はその間際のほんの少しの季節、殆どないに等しい秋の間。
夏の間に殆ど人としての機能を失っていた生き物も、この季節に差し掛かる頃には人らしい姿に戻るのが恒例だった。今年は特に酷かった。長く続いた残暑の所為もあって例年よりも食をおざなりにし始めた生き物の所為でこちらまでまともな食事にありつけない日が続いた。恐らく互いに痩せた、自分は良いとして、そもそもが小型の生き物は更にその体が華奢に、小さくすらなった気がしている。
夏の間には不機嫌で溶けた生き物に成り果てていた日昏マチは今、漸く人の姿を取り戻し、黒と白だけで固めた服も相まってなんとも涼しくキマッた顔で窓の外を眺めている。けれどそれも真実は情けなく、車酔いが激しいマチの〝薬よりも効く酔い止め〟の最中であると、纐纈ヒムラは知っている。
「千葉さん、後どれくらいで着きます?」
「んー? 道も混んでないから、後三時間くらいじゃないかなあ?」
「結構ありますね」
「もつかな、マチ」その言葉をヒムラが発さずとも彼等二人は既に理解しているようだった。
後部座席に座るヒムラとマチの前にはそれぞれのサイズに合った人物が座っている。ヒムラの前、運転席には黒いスーツで〝大きい方〟の千葉司、マチの前の助手席には灰色のスーツを着た〝小さい方〟の鏡総一郎、両者とも仕事外であるにも関わらず今日もぴっしりとスーツを着込んでいた。――いや、仕事中を数える方が余程容易い。そのはずがこうしてスーツを着込んでいる所為でまるで彼等が「仕事をしている」ように見えてしまうのが良くない。ヒムラは一瞬でも彼等が休暇返上で働く警察の鑑のように思えてしまったことが悔しくなった。
「日昏さんが大丈夫なようでしたら先に詳細をお話してしまいましょうか。到着してからの方が、きっとお休みの時間が必要でしょうし」
「マチ君酔い止めは飲んだのー?」
「飲んだ」
「じゃあ後一時間は大丈夫でしょ。鏡君、お願いねー」
「了解しました」
運転中の千葉は背後から覗ける範囲でだけでも胡散臭い笑みとやけに間延びした言葉で、その横では猫目を更に見開いたような目をした鏡が、車酔いなど一度も経験がないのだろう、進行方向へと背中を向けてマチへと振り向いた。
「この夏に高校生三人が、これから行く土地で行方不明になっています」
刑事の千葉の運転する車に同じく刑事の鏡、そしてマチ、これが揃って休暇のバカンスなどあり得るはずもなかった。
※
インターネット上に密やかに存在するそれは「灰色のページ」と呼ばれていた。
特殊な状況、問題に困った人間が検索を繰り返すとある時たった一ページだけがヒットする。
「灰色の問題でお困りですか?」そのページをクリックすると進むのは真っ白なページに一言。
「誰にも理解されない問題でお困りでしたらその内容をご記入し、送信ください。当方の範疇に当てはまるものである場合、あなたをお助け致します」
そうして状況を送信すると返信が返ってくる。そうして、理解不能な出来事を解決してくれる者が現れると。
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