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3.恋別れ
「⋯⋯それで、彼と喧嘩したからここに来たわけ?」
「うん」
「なんで自分が振ったやつのところに来るんだよ!同業なんだから、この時期が忙しいのわかってんだろ!!」
「⋯⋯実家もどうせ忙しいし。帰ったら、だからあんな男は止めろって言っただろって言われるから」
「あーあー、それはそうだろうけど」
今更仕事にも行けないし、もういい。
「あいつとは別れるから、ここに泊めて」
「うん、と言いたいところだが嫌な予感しかしないな」
「大丈夫だよ。誰にも言わないで、ここに来たから」
ごろりと磨き抜かれた床に横になったら、仕方ないなあと言いたげに見つめられる。
以前、僕に言い寄ってきた男の一人。同業で、バイで、性格もさっぱりしている。
こいつだって美形だし、性格はいいし、何も問題ないはずだ。
「お前だって、十分いい男だしね」
「なにそれ、褒めてんの?そんなこと言ってると襲うよ?」
髪を優しく撫でられて、頬にキスをされる。
ちゅ、ちゅ、ちゅと顔中キスされて、下半身が疼いた。さっき飲んだ、お神酒も効いてんのかな。
首に腕を回して顔を近づけたら、障子がぴしゃーんと鳴って開けられた。
「この、くそ忙しい時に、何なさってんですか!」
口を尖らせて、僕を抱きしめている男の部下が入ってくる。
「えー。僕らがいるだけで十分、仕事になってると思うんだけど」
腕の中から答えれば、顔を真っ赤にして目をみはる。
「ど、どなたかと思えば!なぜ、ここにおられるのです?」
「⋯⋯休みがパーになったから」
「休みって!!この時期に、どなたが休みだと仰るんです???御社は、どうなさいました?」
「⋯⋯眷属に、なんとかしろと頼んできた」
今頃は、無理やり僕の振りをして座らされているものがいるのだろう。気の毒に。
三が日過ぎたら、流石に仕事に戻ろう。申し訳なさすぎる。
男の部下は、よほど衝撃だったのだろう。普段は隠している耳と尻尾が、ぽんと出てきた。そうだ、ここは稲荷系だったな。
その時、空間が揺れた。
ぱき、ぱき、と家鳴りがして、見る間に激しくなっていく。
「待て、ちょっと待て!うちが壊れる!!」
「⋯⋯ここ、古いもんねえ」
「伝統があるって言えよ!!」
僕を抱きしめていた男が真っ青になる。
彼の部下は『気』に当てられて、すっかり元の狐の姿に戻ってしまった。可哀想に、床に縮こまって、ぶるぶると震えている。
「正月だからな!ひとの社を壊すなよ!!」
白い光が落ちたかと思ったら、あいつが青白い炎を纏って、目の前に立っていた。
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