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1.恋始め
「今年の正月は一緒に、って言ったくせに⋯⋯!!」
「⋯⋯ごめん。悪かった。本当にごめん」
「もういい」
何か言ってたけど、電話は切った。もう聞こえない。
後からかかってきても、聞く気なんかない。電源はオフだ、オフ!
威勢よく電話を切ったのに、その場にスマホを握ったまましゃがみこむ。
口からは、うー、という唸り声しか出てこない。
「うっ、ううっ。⋯⋯ばかやろ」
何だよ、ずっと楽しみにしてたのに。
三が日は一緒に居ようって言ったくせに、トラブルだからごめん!ってどういうこと?
仕事が好きなのは知ってる。誇りをもって頑張ってるのも知ってる。辛いことも嬉しいことも、いつも話してくれるのが嬉しかった。
──でもさ、でも。
今年は、初めて二人きりで過ごせるお正月のはずだったのに。
年末から年始はお互いに一年で一番の繁忙期だ。クリスマスだって、年始の分まで仕事をした。
僕だって、もてないわけじゃないから、甘い誘いだって山ほどあったのに。
全部断ったんだからな!
年始が本番の仕事なのに、無理やり3日間の休みをもぎとった。
僕たちの業界は毎年、たくさんの客に会って、出来る限り要望にこたえて、目が回るような忙しさだ。
お互いの気持ちを知ってから初めての正月だから、二人だけで過ごそうって。
あいつが言うから⋯⋯。必死で周りに頼み込んだ休みだったのに。
甘い言葉と微笑みに乗せられて、こんな思いをするなんて、僕は馬鹿だ。
もういい⋯⋯。
男はあいつだけじゃない。
父さんや姉さんが言うように、顔で好きだって言うような男はダメだったんだ。
勢いに任せてメッセージアプリのIDを削除したら、あっけなさ過ぎて笑える。
笑っていたはずなのに、泣けてくるのが悔しい。
僕は簡単に荷物をまとめて、部屋を出た。
あいつに会ったのは、昨年のことだ。
僕は、実家の仕事を手伝っていた。
地方だけど、代々手堅く事業をやっているから、信頼があって顧客もついている。
広い庭で、池の鯉を眺めて休憩していたら、あいつが来たんだ。
業界最大手のグループの御曹司。名前は聞いたことがあったけど、それだけ。
出張で、父の許に挨拶に来ていたあいつは、スリーピースが良く似合う美形だった。
僕の顔を見て、目を丸くして、いきなり手を掴んできた。
「⋯⋯運命だ。結婚してくれ」
もちろん、逃げた。
凛々しい眉に通った鼻筋。切れ長の瞳の美形は、低い声まで甘い。
本当は、会った瞬間に恋に落ちた。
胸はドキドキするし、触れられた場所がやたら熱い。
それでも、初めて会った奴に結婚なんて言われたら逃げるだろ。
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