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4.恋刹那
「⋯⋯どういうことだ、咲耶」
目の前に立つ男は、普段のあいつとは全然違っていた。
全身を殺気が纏い、僕と背後の男を睨み据えている。
指の先まで怒気を纏った青白い炎が、ぱち、ぱちと火の粉を上げる。
ポロリと零れた火が、床をじゅっと焦がした。
「⋯⋯くっ!このままでは、社が壊れるか、焼け落ちるかだ」
馴染みの男が呻いた。
あいつの怒気に、纏う炎の色が変わり、こちらまで伝わってくる。
社の中が、炎と熱で炙られていく。
「咲耶、お前は魅力的だが、俺は自分の社と眷属も大事でな。あいつとちゃんと別れてから、また来てくれ」
そう言われて、額にちゅっとキスをされた。
その瞬間、ぶわっと、炎が燃え上がり押し寄せてくる。
僕は炎に向かって、両手を差し出した。
手を伸ばせば、指先から桜の花が一面に舞って、炎の盾になる。
見る間に焼き尽くされて、空間の中に花びらは溶けて消えた。
あいつの炎は、僕を焼くことは出来ない。
炎は跡形もなく消えて、元の静かな空間に戻った。
口惜し気に形のいい眉を顰めて、あいつは僕を睨んでいる。
「咲耶、こちらに来い」
「⋯⋯⋯⋯」
むっとして黙り込んでいたら、ふわりと宙に体が浮かんだ。
あっと思う間もなく、あいつの胸の中に抱きしめられていた。厚く引き締まった胸板、逞しい腕。つい、うっとりと頬を寄せた。
「もらっていく」
耳元で低く甘い声が聞こえ、体が青白い光に包まれた。
「あいつら、二度と来るなと言いたいな」
「お社様!外の初詣客が騒いでおります。地震の後に、社に青白い光が見えたと!!」
「とりあえず、吉兆だと触れ回っておけ!」
「はい!お二方は、どちらに参られたのでございましょう?」
「⋯⋯決まっている。不二の峰に帰ったのだろうよ」
「なんで、アパートに帰ってきたんだよ!」
気がついたら、僕はあいつと一緒に自分のアパートの中に立っていた。
もう、仕事に戻ろうと思っていたのに。
怒って、ドン!と胸を叩けば、腕を取られた。いきなりベッドに押し倒される。
「どれだけ、心配させれば気がすむの、お前⋯⋯」
胸の中にぎゅっと抱き込まれて、頭の上から苦しげな声が聞こえる。
「電話繋がらないし、家にもいないし、⋯⋯他の男のとこにいるし」
「だって。約束破ったの、そっちじゃん⋯⋯」
言いながら、悔しさがまして唇を噛む。
親指で、僕の唇をそっとなぞって、まぶたにキスを落とす。
その仕草があんまり優しいから、自分ばかり拗ねているようで胸が痛い。
「⋯⋯自分の仕事放って、待ってたのに」
言った途端に、涙がぽろりと零れた。
あいつはびっくりした顔をして、唇で僕の涙を受け止めた。
ちゅ、と涙が吸われていく。
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