0人が本棚に入れています
本棚に追加
/1ページ
会社帰りに、何故かバッティングセンターに立ち寄りたくなった。
野球経験はないし、そもそも野球自体に興味がない。だからバッティングセンターに入るなんて初めての体験だ。
施設の利用法などまるで判らず、店員にあれこれ聞いてからようやく打席に立った。
機械からボールが発射される。初心者でも打てるよう、遅い速度を選んでもらったのだが、ボールが自分の方に飛んでくるだけで怖い。
それでもしばらくすると体も目も慣れてきて、バットにボールを当てられるようになり、ついには一応なりに打てるようになった。
これまで、野球なんてまったくしたことがなかったけど、投げられたボールを打てるのは楽しいな。
そんな感想を抱いた直後、急に飛んでくる球の速度が変わった。
さっきよりあからさまに速い。横をボールが過ぎただけで衝撃波を感じそうな速度だ。
こんな速度の球が当たったら怪我をする。いや、打ちどころ次第では死にかねない。
そう思っても、球は矢継ぎ早に投げられて、店員を呼ぶ隙すらない。
でも投球マシーンから出てくる球は、数が決まっていた筈だ。ここの店は一回三百円で、球数は二十五くらいだったから、球が尽きるまで堪えていればなんとかなる。
一球ごとに速くなっていく投球から逃げつつ、頭の中で必死に球数を数える。でも、設定数を超えても一向に球の排出は終わらない。
色んな意味で機械が壊れてる! このままじゃ本当に命が危ない!
何とかここから逃げ出さないと。でも剛速球がひたすら俺目がけて飛んでくる。
別に、打とうと思った訳じゃない。バットを盾にすればボールの直撃だけはかわせると、そう思ったんだ。
頭だけでも守ろうと、顔の前に横に突き出したバット。そこに当たった球が、投げられた時以上の速度で投球マシーンに返った。
図らずしも打ち返す形になった球がマシーンにぶつかる。それと同時に、生き物の絶叫のような大音声が辺りに響き、
投球マシーンは停止した。
「ナイスバッティング」
その後にどこからともなく聞こえた声。
何もかもが思考の範疇外で、俺は店員にマシーンが壊れていると文句を言うことすらできず、慌ててバッティングセンターを後にした。
以来、あの施設とは全く無縁の生活を再び送っている。
でも、こうまで野球に興味がないのに、あの時はどうしてバッティングセンターなんかに入ろうと思ったんだろう。
もしかしてあの、当たったら死にかねない速度の球を噴出するマシーンに呼ばれたのか? だとしたら、たまたまボールを打ち返せた俺は運がよかったのだろう。
あの後、あのマシーンがどうなったのかは知らないけど、知りたいとも思わないし、そもそも敷地内に足を踏み入れることすらごめんだから、今後、俺がもう一度バッティングセンターに入ることはないだろう。
バッティングセンター…完
最初のコメントを投稿しよう!