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川の向こう岸で、『あの子』が大泣きしている。
一週間ぶりに会う。僕が雨に打たれて熱を出して寝込んでいたから。
『もう会えないんだ』
『あの子』が叫んだ。
言葉が頭の中で繰り返される。もう会えない、もう会えない、もう会えない……どうして? 僕が人間じゃないから? 化け物だから?
でも君は化け物の僕にも優しくしてくれた。傷にガーゼを巻いてくれた。
長い髪を切ってくれた。
『引っ越すんだ、俺』
引っ越しは分かる。
僕も引っ越しをした事がある。
引っ越しって、母と別れて自分のことを知っている人が誰もいない場所に行って、誰にも気付かれないようにひっそり生きることでしょ? それ以外の引っ越しは知らない。
土砂降りの雨みたいに大泣きしてる。向こう岸だから、手を伸ばしても『あの子』には届かない。でも僕はその涙を拭ってあげたいと強く思った。
『あの子』は全然泣き止まない。
『悲しい……寂しいよ! ずっと一緒にいたいよ……!』
初めて言われる言葉だった。ずっと一緒にいたいなんて……そんなこと望んでくれる人なんて今まで一人もいなかった。みんな僕を蔑んで、後ろ指を指して、石を投げたのに。
でももう君とは会えない。遠くに行ってしまうから。
僕が知らないどこかへ『あの子』は行ってしまう。
苦しい。こんな気持ち初めてだった。母にすら感じたことがない。
笑ってほしいって思った。強く思った。
僕の知らないところへ行っても、ずっと笑っていてほしい。
君が僕に笑顔を教えてくれたみたいに、君も僕を笑顔にしたい。
『またね』
向こう岸まで届くように声を振り絞った。でも僕、あんまり声を出したことないから、聞こえたかなって不安だった。
でも彼は笑ってくれた。きっと届いたんだと思う。『あの子』も頷いて、僕にまたね、って言ってくれた。
それからはすぐだった。後から大人が駆けつけて全然動かない『あの子』を引きずって行った。多分両親だと思う。三人の影が林の向こうに消えて、それっきり。
ここに僕以外の誰かがいたことを証明するものはなにもない。でも髪の長さと、治りたてのこめかみの傷が、彼と僕が一緒にいたことを証明していた。
一人になって涙がぼろぼろ出てきた。嗚咽が苦しくてしゃがみ込む。胸に手を当てて、苦しい気持ちをやり過ごそうとした。
「もう会えな」いって言葉が呪いみたいに僕を蝕む。
やだよ、名前も聞かなかった。
僕は今までずっと一人ぼっちだった。
やっと二人になれたのに……。
どうして……?
気持ちが落ち着かなくてずっと泣いていたら、突然横から声がした。
『どうかもう、泣かないでください。心が苦しい』
葉擦れのように落ち着いて、優しい男の人の声だった。
びっくりして顔を上げたら、声と同じような男の人が困ったように笑ってる。
吸い込まれそうな目をしていた。
『話は聞いていました。立ち聞きしてごめんなさい。興味が湧いてしまって……私はシズクといいます。散歩していたら君たちが見えたので、ずっとこそこそ見ていました。趣味悪いですよね』
夜みたいな人だと思った。
優しかった。
この人は大丈夫って、思った。
だって僕を蔑むような目をしてない。
警戒するのも億劫だった。病み上がりだし、心も苦しくて、疲れていた。
『お友達ですか』
『あの子』のことを言っているのだと思った。
『多分……違う』
友達なんていたことないからよく分からない。友達って何。
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