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でも最近ちょっと苦しい。変だと思われたくなくて、周りの人に合わせてばかりいる気がする。それに慣れすぎて自分のしたいことがよく分からなくなってきたかもしれない。マダムのわがままは別にいい。なんやかんやいいいながら、僕は彼女に翻弄されることが嫌いじゃない。
その違いってなんなんだろう?
考えても答えが出ない。
『あの子』なら、今の僕になんて言ってくれるのかな。
……でもとりあえず今はアップルパイを買いに行かなきゃ。
「ねえ!」
公園の入り口を過ぎようとした時、噴水の前で声を掛けられた。
あんまり唐突だったので体がびくって跳ねてしまった。高くて大きい声だった。誰だろって思ってたら突然手を掴まれた。感覚を追うように下を見たら、温かくて小さな手が僕の手を握っていた。
僕の腰よりもまだ小さい男の子が僕を緊張した顔で見上げていた。小学生ではない気がする。そこまで大きくない。子どもサイズの紺色のブレザーの中に襟付きのポロシャツを着ていて、襟元にはちょっと大きすぎるビリジアンのリボン帯が巻いてあった。リボン結びはつたなくて、多分一人でやったんだと思う。器用だな。下は膝上の灰色のスラックスに黒の長いソックス。靴は歩き易そうなスニーカーだった。マジックテープじゃなくて靴紐がついている。大人と同じで靴紐を結ぶ靴なのかと思ったら、側面にスリットとチャックがついていた。おしゃれ。
僕は改めて男の子の顔を見た。ちょっとばかり吊り上った大きな瞳が僕を見上げてくる。肌は白いけれど外の冷気に当てられて頬が林檎のように真っ赤だった。
曇りのない真っ直ぐな視線に戸惑う。子どもを相手にすることに慣れていないから接し方も分からない。そもそも同年代の人とだってどう関わればいいのか思い悩んで苦労しているのに、子どもなんて尚更分からない。
でもなんだろう。
なんか……こう……本当に赤の他人って感じも、そんなにしないというか……。
絶対に今この瞬間に初めて会ったはずなのに、見たことがあるようなそんな感じがする。
なんだろう僕、疲れてるのかな。
「とどかないの」
男の子が指差す先には飲み物の自動販売機がある。緊張しながらなるほど、と僕は思った。確かにこの子の身長じゃあ一番下の段しか届かない。いや……一番下だって怪しいかも。
「ノエルのかわりにおして……おしてください!」
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