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「どれに……しますか」
僕はちょっと緊張していた。彼はそんな僕の心持ちなんて吹き飛ばしてしまうような、純白の花みたいに屈託のない笑顔で僕に言う。
「いちご!」
僕は上段の紙パックに入ったいちご牛乳を指差してノエルに尋ねた。
「これ?」
すると、ノエルがちょっと怒ったふうに地団駄を踏んで僕を見上げる。可愛い。風がノエルの長くて細くて柔らかそうな襟足を揺らす。こめかみの髪がノエルの口の中に入ったけどノエルは少しも気にしないで頬を余計に紅くさせて言った。
「みえない!」
僕はひやりとした。確かにノエルの身長では見えない。
子どもが見ている世界のことなんて少しも考えられてなかった。
慌てていたらノエルが僕に向かって両手を伸ばしてくる。なにを求められているのか理解するのに少し時間がかかったけど理解した。
できるかな。でもやるしかない。
僕は恐る恐るノエルの脇に手を入れて、彼をそっと抱き上げる。思ったより軽い。柔らかい。あったかいし……小さい……! 野いちごの花みたいな香りと一緒に、小さな子どもの甘い香りがしてなんだか胸がこそばゆい。ぽかぽかする。
可愛い……!
ノエルは当然のように僕の首に片方の小さな腕を絡ませて自動販売機のほうを向いた。
「これ?」
仕切りなおして、同じように指を差す。
「い、ち、ご……なに? ここ!」
なぞるように文字を言葉にすると、「いちご」の上の修飾語を指差す。ひらがな読めるんだ。すごいな。僕はできるだけはっきり発声するように心がけながら言った。
「練乳」
「れんにゅう」
「『練乳いちご牛乳、果肉入り』」
「ぎゅうにゅうじゃなくて、ノエルはいちごがのみたいの」
なるほど。
その間にもノエルの頬はトマトみたいに膨れていった。ノエルはいちごがいいと言ってきかない。僕は本当に困ってしまった。最早いちごってなに? って感じ。機嫌の悪い子どもをどう扱っていいのか分からない。
やっぱり僕に人助けなんてハードル高かったのかな。
でも諦めたくない……ノエルに笑ってほしい。どうしよう。
「ノエル!」
大きな声が横から聞こえてくる。すごくよく通るのに、どこか柔らかい、爽やかな男の人の声だった。僕らは一緒になって声の方を見る。
今日はなんだかいろんな人に会うな。
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