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こざっぱりしたウルフカットの青年が僕らに向かって全速力で走ってくる。反射的に逃げてしまいそうになるくらい血相を変えていたので僕は怖くなって抱いているノエルをかばうように後ろに下がった。近付いてくる彼は、僕と同じくらいの歳のように見える。
彼は僕の前に止まると手を膝に当てて前屈みになりながら息を整えた。
「カケルだー!」
ノエルがじたばたしたので、僕はノエルを降ろす。
「『カケルだー』じゃねーよ! もう探した! 本当に! 駅を降りた途端走っていくなよ!」
黒縁の大きな眼鏡をしているので顔はよく分からなかったけれど、すごく元気そうだった。僕には絶対になれないタイプの人間だと一目で分かる。ダークグレーのプルオーバーパーカーの上に濃い色のデニムジャケットを着ている。背中には財布くらいしか入らないんじゃないかと思えるくらいの大きさのメッセンジャーバッグを斜めがけしていて、歩きやすそうな汚れのない赤のハイカットスニーカーを履いていた。僕なら確実に着こなせない。
ノエルはこの、カケルという人のことを、とても信頼しているように見えた。全体重をかけて彼の太腿にダイブしていたから。カケルはカケルで、慣れた手つきでノエルの頭を撫でている。僕は完全に蚊帳の外って感じだった。
この人、子どもが好きなんだなって思う。笑顔が優しくて弾けるようだった。
それに懐かしい気持ちがした。不思議だった。
なんとなくどこかで会ったことがあるような、そんな気がした。
でも既視感って、脳が疲れていると起こりやすいってマダムが言ってた。
さっきノエルにも同じようなことを感じたし。
やっぱり僕、疲れてるのかな。
「カケル、いちごがのみたい」
カケルが、はあ? と間の抜けた声でノエルを見下ろす。
ノエルが目の前の自動販売機を指差している。
「いちごねえ……」
カケルは当たり前のようにノエルを抱き上げて自動販売機の前に立った。ノエルも当たり前のように抱き上げられている。兄弟みたいな阿吽の呼吸だった。だけど全然似てない。
「じゃあこれにしろよ」
カケルはいちご牛乳を指差す。やっぱりそれだよね、と僕は心の中で思った。ノエルの答えは当然のようにノー。
「これはぎゅうにゅうとれんにゅうだからだめ」
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