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自分の思い違いだったなら、それでいい。
大したことないなら、それで十分だ。
見かける度に悶々とするくらいなら、一度ここで声をかけてしまって解決した方が気持ちも楽になる。
「ごめん。今日は先に帰って!」
崚は秋良にそう伝え、校舎の陰に消えていく男子生徒の後を追った。
「なあ、ちょっと!」
半ば、叫ぶように呼びかけて。
振り返った相手と目が合うと、互いに驚いた。
「ひかる!?」
「……崚」
知っている人物だった。
彼は、自分が中学2年になった頃に転入してきた森野ひかる。
当時、体育の授業でサッカーを教えた時に『凄いね!』と笑ってくれたのが印象深い。
会話はそれが最初で最後だったけれど、長い前髪の合間から覗いた無邪気な笑顔が可愛くて、忘れずにずっと記憶に残っていた。
先月の入学式でこの高校に進学したことを知ってはいたものの、まさかこんなふうに再会するなんて。
喜びも束の間、崚は小さな胸騒ぎを感じて問いかけた。
「何してんの?」
声色は可能な限り明るくするように努めた。
既に、ひかるが怯えていたから。
「え……あ、はは……何でもないよ?」
ぎこちない笑顔。
泳ぐ視線。
慣れた手つきで、両手指を組む仕草。
後ずさるように3歩程度離れては踵を返し、彼はこちらに背を向けて歩き出した。
話が終わったとでも思ったのか。
単に、逃げ出しただけか。
「待って、ひかる!」
何でもない、なんて嘘を吐くな。
そっちへ行くな。
もう何回もその背中を見ているんだ。
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