玄関

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玄関

「ドールハウス」の第八号は玄関だという事を僕は知っていた。  けれど僕は買うのを忘れたフリをした。  ドールハウスに玄関ができてしまえば白い熊はここから出て行ってしまう......。 「ダメだよ。今月はもう友達とランチに行ったじゃないか。一人で出かけて良いのは月に一回までだよ」 「会社の忘年会なんだよ。部長も来るから出ない訳にはいかないよ」 「大体君は色々と出かけ過ぎなんだよ。ランチって言ったって何をしているかわかったもんじゃない。スマホだって......」  僕はそう言ってしまってからハッとした。  彼女は感情を全てどこかに置いてきてしまった様な表情で僕を眺めていた。 「......わかった」  僕はホッとした様な泣き出したい様な、何だか複雑な気分だった。  彼女がシャワーに向かうと、僕はいつもの様に彼女のスマホを覗きにいった。  彼女が使いそうな暗証番号はいくつか候補がある。彼女は単純だから、そんなにひねった番号では無いだろう。  けれど、いつものスマホホルダーには彼女のスマホは乗せられていなかった。  鞄の中かな?  僕は寝室に置いてあるハンガーラックへと向かった。  彼女のお気に入りの、ぬいぐるみの様なふわふわの生地でできたバッグが無くなっていた。  良く見ると最近彼女が良く着ているベージュのコートも無かった。  僕は一瞬何が起きたのか良くわからなかった。  僕はバスルームへと走った。  大きく深呼吸をしてから彼女の名前を呼んでみる。  中からは何の返答も無かった......。  体中の水分が一瞬にして蒸発してしまったみたいに、口の中が乾いてヒリヒリした。  僕は震えてる手でバスルームの扉をゆっくりと開ける......。  誰もいないバスルームの中の空気は、どんな色にも染まって見えなかった......。  今走って行けばまだ彼女を捕まえられるだろうか......。それともあれから何時間も経ってしまっているのだろうか......。何だか時間の感覚がわからなくなっている。  僕はフラフラとした足取りでリビングへと向かった。  彼女のドールハウスの中では、茶色い熊がずっとバスルームの中を見張っている。  けれど、バスルームの中には白い熊はいなかった。代わりに長い煙突のついた暖炉が置かれていた。  後には小さな黒い足跡が、煙突の周りに点々と残されているだけだった......。  
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