第二話:言葉という刃

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4  「如何でしたか、記憶を取り戻した気分は?」  愛美が気が付くと、先程までと同じように、彼女の向かいの席で玲がにこやかに微笑んでいた。  「私・・・」  「あなたは彼の言葉の真意を汲み取っていましたか? 彼はあなたを傷つけようとしていましたか? 本当に傷付いたのは、あなたでしたか?」  彼の瞳は、決して愛美を非難するものではなかった。全ての責任は彼女が負うものであるという大前提を踏まえ、あくまでも優しく、ただし甘やかすつもりなど全く無いという、突き放した思い遣りに満ちたものだった。  「初めて彼とデートした時のドキドキ、ワクワク。初めて彼と結ばれた時の感動。何だかんだ言って、結婚まで決意した時の彼への愛情と幸福感。思い出せましたか? それらを忘れることなく、ずっと心に仕舞っておけたら、あんなことにはならなかったでしょうに・・・  あっ、忘れてしまったことは罪でも何でもありませんよ。人間は忘れる生き物なのですから」  罪の意識に圧し潰されそうになって顔を背けていた愛美は、助けを乞うかのように顔を上げる。  「私、どうしたらいいの?」  「どうもできませんね。言葉は言霊。一度、あなたの口から放たれたそれは、決して消えることは有りません」  玲の言葉は慈愛には満ちていても、愛美を苦しみから解放させる慈悲を含んではいない。  「私、謝る。彼に謝って許してもらう・・・ ううん、許してもらおうなんて思わない。ただ彼を傷つけたことを謝罪したい。心から謝罪したい! そうしないと気が収まらない!」  ここで初めて、愚かな者に対する侮蔑に似た色が玲の顔に差した。謝罪とは、謝る意思の無かった者が己の罪を認めた瞬間にのみ、その意味を持つ。自分の非を認めた時点を過ぎてしまったら、それは多分にして謝る側のエゴでしかなくなることを、愛美は学ばねばならない。  「およしなさい。彼にとっては何のメリットも有りませんよ。ただ迷惑なだけです。むしろこれからの彼の幸せを阻害する可能性だって有ります。彼はもう別の幸せを見つけたのですから、そっとしておいてあげましょう。  もう彼の前には、二度と姿を現さないことです。彼の人生から、あなたという存在を消し去ってしまうことが、せめてもの罪滅ぼしですよ」  「・・・」  愛美は泥のように打ち沈んだ。しかし玲の言葉は、なおも追い打ちをかける。  「あなたは言葉の刃で他人の心を切り裂いたのです。その十字架を一生背負ってゆかねばならないのです」  「だったら記憶を消して! こんな記憶、耐えられない!」  縋るような愛美の視線を、玲は感情の籠らない顔で跳ね返した。  「それは出来ません。そういう約束ですから。それに、自分の都合の悪いことだけ忘れて、また罪から逃げるおつもりですか? 記憶を取り戻す前のあなたのように。  まぁ、あなたのおかげで彼は会社を辞めて地元に帰る決心が付いたのでしょう。それが新しい彼女との出会いにも繋がった。何も悪いことばかりじゃなかったってことで、あなたも納得しては如何ですか?」  それが愛美への判決文だった。情状酌量の余地も、執行猶予も無いということらしい。愛美は黙って項垂れた。  「あっ、そろそろ時間です。私はもう行かねばなりません。またのご利用、お待ち申し上げております」  そっと立ち上がった玲は項垂れる愛美を残し、二階のテラス席から道路へと続く階段を下りて行った。  すると階段下に、鬼のような形相をした女の子が腰に手を当て、仁王立ちで彼を待ち構えているではないか。その女の子は、腹に据えかねると言った風情でまくし立てる。  「ちょっと待った! あんた、私でしょ!?」  「???」  「夢の中だとはいえ、随分と勝手なことしてくれるじゃないの!」  「えぇっと・・・」  玲は予期せぬ展開にたじろいだ。  「私よ、私! 私が本物の玲! ってか、なんで私が男なわけ? そりゃちょっとイケメンなのは認めるけど・・・」 しかし彼女は、頭をブンブンと振って雑念を振り払う。  「そんなことはどうでもいいの! あんたのやり方じゃ、あの人が辛いだけじゃないの! 浮かばれないじゃないの!」  「べ、別にあの女性を助けるためにやったわけではありませんから・・・」  「それが気に入らないって言ってんの! そんなの私のキャラじゃないから! 私の夢の中なんだから、少しは私のやりたいようにやらせなさいよ!」  「ちょっと何を言ってるのか判りませんね。私、急ぎの用が有るのでこれで」  どうやら面倒なことになりつつあるらしい。そう思った玲が無理矢理、玲の横をすり抜けようとすると、玲の肩に玲が腕を伸ばした。  「あっ、ちょっと待ちなさいよ! 逃げる気!?」  何食わぬ顔で立ち去ろうとする玲(男)の身体に玲(女)の手が触れた瞬間、落とし穴の蓋が開いたかのように、玲(女)が真っ逆さまに落ちていった。  「きゃぁぁぁーーーーーっ・・・」
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