第二話:言葉という刃

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3  大貴は綺麗にラッピングされた包みを愛美の前に差し出した。  「はい、愛美ちゃん。これ、クリスマスプレゼント」  「えっ? 何、これ?」  予想していなかった愛美の反応に、大貴はドギマギとする。  「ひざ掛けだよ。ほら。仕事中、事務所が寒いって言ってたから・・・」  「ち、ちょっと、マジで言ってんの?」  何なんだ、この女心の判らない鈍い男は? それとなく年齢を話題にしたり、あれだけ外堀を埋めてきたのに、コイツ判ってなかったわけ? 全然、私の話、聞いてなかったってことじゃない! ここは指輪でしょ、普通。  無理言って飲み会に参加させてもらって、コイツの上司やら友達に挨拶したり、新幹線を乗り継いで、鳥取くんだりにまで両親に逢いに行ったり。私、来年何歳になると思ってんのよ!? もう完全に頭にきた!  「私、プロポーズされると思ってたのよ」  明らかに気分を害した様子の愛美に、大貴は慌てて言い訳を並べる。  「いや、もちろん愛美ちゃんとは結婚したいと思ってる。結婚を前提にお付き合いさせて貰ってるって意識は変わらないよ。でも、まだその時じゃないと思うんだ」  「何よそれ、まだまだ遊び足りないとでも言いたいわけ?」  愛美は腹立たし気に、アイスティーラテのグラスに突き刺さったストローを咥えた。  「いや、そうじゃなくって。俺ってまだ半人前だし、もっとちゃんとした男になって・・・」  「そんなの自分の勝手な都合じゃない!」  彼女が思い余って「バンッ」とテーブルを打つと、一瞬静まり返った店内の客の多くが二人に視線を注いだ。あの彼氏は、何らかの理由で彼女を怒らせてしまったらしい。そのみっともなく狼狽える男の様子を見た者の多くは、クスリと忍び笑いを漏らすと、直ぐにまた自分たちの世界へと戻っいった。そして店内は元通りの、賑やかな空気に満たされた。  「だ、だから、もっと稼げるようになって、それで愛美ちゃんに楽させたいって思って・・・」  出た。男の価値観の一方的な押し付け。時代錯誤も甚だしい亭主関白系男子。元々それほどイケてる男ではないとは思っていたけど、ここまで出来ない奴だとは思わなかった。  少々の不満には目を瞑り、結婚まで匂わせてやったというのに、コイツは目の前にぶら下がったご馳走には目もくれず ──と言うか、自分がそんなご馳走に与かれることが、身に余る幸運だという現実に思い至ることも無く── 今はまだその時期ではないだと? 何様のつもりなのだ? 自分がどんだけイケてると思い込んでいるのだ?  「それ、結婚したら私に専業主婦になれって言ってんの? 自分は外で羽伸ばして、妻は家事をしながら家庭を守るのが仕事だとか、そういう価値観なわけ?」  「い、いや、別にそういうことじゃなくって」  「だってそういうことでしょ? 明政程度の二流大学しか出てないくせに、出世もくそも無いでしょ、あなた? 私だって本当は、慶智とか早稲橋を出たエリートが良かったわよ。だけどあなただって、一応、大手有名企業の社員だし。だから我慢して付き合ってきたんじゃない」  そりゃぁ私みたいな三流大学出から見れば、明政だって立派な大学だわよ。逆立ちしたって入れっこない。でも舞だって穂香だって、みんな一流大学卒のエリート旦那を見つけたじゃない。  「今の、愛美ちゃんの本心なのかい?」  大貴は握った拳を震わせ奥歯を噛んだが、愛美はそれにすら気付かない。いや正確には、そんな彼の姿を見たはずなのだが、彼女の心はその光景を内に留めることなく、その前を素通りしたのだ。  「当り前じゃない。だいたい、鳥取出身の田舎者のくせして、横浜出身の私と釣り合うと思ってたわけ? はぁ? 鳥取って何処よ? 津軽海峡とかその辺? 山しかないけど、栄区だって立派な横浜市なんだからね!」  「いや、僕は島根出身で、島根は山陰地方で・・・」  「真面目なだけで何の面白みも無いし。イケメンでもなけりゃ、背が高いわけでもなし。身長174って何よ? 中途半端過ぎでしょ」  「・・・・・・」  「このままいくと、アンタ禿げるからね。私の叔父さんと同じ髪質だから絶対禿げるよ、保証する」  私があの大企業に就職できたのは、大卒スタッフとしてではなく、地区採用の事務職としてだからだ。でも、そんな下っ端OLにだって夢見る権利は有るはずよ。玉の輿とまでは言えなくとも、少しばかりの優越感に浸れるくらいの生活は送れるはず。  そうよ。こんな安い男で手を打つべきじゃないんだわ。まだまだ焦る必要なんて無い。自分を安売りする必要なんて無いんだから。もっとまとも(・・・)な男が現れるまで待つのが得策よ。  「判ったよ・・・ じゃぁ僕たち、もう終わりにしよう。その方がいいみたいだ・・・」  反論することも出来ただろう。同じように感情的に言い返すことも出来ただろう。しかし大貴は、そうはしなかった。その代わり、溜息と共に言った言葉だった。最大限に相手へ配慮した言葉だった。  「当り前じゃないの。終わりにするんじゃなくって、あなたが気の利かないプレゼントを持ってきた時点で終わっ・て・た・の。もう少し客観的に自分を見なさいよ、まったく」  席を立った愛美は、その気の利かないプレゼントを大貴の顔に向かって投げ返すと、押し黙る彼の顔を覗き込むような姿勢で「ご馳走様でした」とねちっこく言い残して立ち去った。  はぁ~、清々した。あんなイケてない男と結婚まで考えてたなんて、今思えばゾッとするわ。そう思った愛美は店先でウンッと伸びをすると晴れやかな顔をして、忙し気な東京に訪れた冬の雑踏の中に消えていった。
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