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あれは明治後期の妓楼にて。 売れっ子のねえさんの客のひとりが妙な趣向の男で、酒を運びにきた当時少年のクロに興味を持って、彼女の目のないところでこっそりと逢瀬の申し入れをされた。僕は男ですと言ってもそれを承知の上と見え、困ったクロは番頭に言って、その男の座敷には手伝いをしに行かないことになった。すると男はとたんに姐さんに冷たくするようになり、ワケを聞き出されたときに「あの小僧でちっと遊んでやろうとしたら、生意気にも断りやがった」と返したのだ。 本来ならそこで子どもなんかに浮気心を持った客の方が怒られるはずだが、そうはならない。姐さんはクロに対して烈火のごとく怒り、張り倒して髪を引っ掴んで、なんべんも平手打ちをし、ワンワン泣きわめく子どものクロに容赦なくとどめのゲンコツを喰らわせた。 そのときに「性悪狐」と罵られたことを、傍目で見ていた社長は大いに笑い、いまだにそのことを笑ってくるが、あんなのは二度とごめんだ。子供にヤキモチを焼くなんてと陰で笑われても、それが女の嫉妬心と意地なのだと身を以て知ったクロは強烈に女が恐ろしくなったし、なにより自分もここにいる限りは"同じ土俵"にいるのだと感じた。 それが、感化の一端になっている。客の好みでセックスの場面を見させられることが何度かあったが、女にかぶさる男ではなく、下になる女の気分のほうが自分にはよくわかった。 大和にドライヤーで髪を乾かしてもらい、すっきりするが、シャンとはならない。いよいよ疲労感と眠気がドッと押し寄せてきた。しかし大和は眠ることを許さない。裸のクロをベッドに運び、おおいかぶさってキスをする。ゲーテのことばが何度もよみがえる。いま自分はとてつもなく彼をそそる匂いを発している。 「会えないのはつらい」 大和がささやき、そのまま耳を舐める。そのくすぐったさで、耳をパタパタと動かした。 "お耳としっぽが出ちまうよ" 眠いのに興奮している。クロの耳はキツネのそれに変貌し、真っ白な毛に覆われた大きな尾が、重なる大和の腰にまきつく。 大和は優男の顔で、疲れて弱っているクロを無理やり抱くのが好きだ。種をまかれてぐったりとする様を見ると、満足感が頂点に達する。 クロは色事とは無縁そうな涼やかなふうを装いながら、本当は男の腕の中でその腹の奥を突かれるのが好きなのだ。求めてないフリで欲しがっているものほど、そそられるものはない。大和のペニスは数日ぶりの"獲物"を前に、最高潮に達していた。 ー「あっ、や、ああ、あん、あん、あん、んっ……うっ……あああ、あっ……」 遮光カーテンを引き、まだ外は明るいのにまっ暗い部屋の中で、四つん這いにさせたサノの背後から猛ったペニスを突き刺し、激しいピストンを喰らわせる。激しくするつもりはなくとも、こう久々だと制御がままならない。シロは本能で腰を振り、自分の下でかわいい声で泣く彼の背中を見下ろしながら、支配感の中でその肉体を犯した。 「サノちゃん、相変わらずいい声出すな。かわいいよ」 「だって、あっ、あ……こんなに……されると……あん、あっ、あっ…んぅ……」 細腰をつかむ手に力を込め、射精に向けて突き上げる。サノは背を弓なりにして枕に顔をうずめ、涙目でそれを受け止めた。 シロの頭にちらりとクロがよぎる。奴もいまごろきっと、あの土建屋にこてんぱんにされているはずだ。最近の人夫は彫りモノも無くまっとうに学歴のあるのが多いが、そんなのを束ねているあの男は、この時代にはめずらしく家業を継いだ叩き上げの昔かたぎな男だ。 ……あの男とコソコソ会っているのを知ったとき、あんなのが良かったのか、とつい笑った。ふだん誰にもなびかないで涼しげな顔をしながら、ああいう筋骨たくましい男にめちゃくちゃにされるのが好きなのだろうか。 「シロちゃん、も……イキそ……」 「俺も」 サノの声がひときわ高く大きくなり、喘息患者のように苦しげな呼吸をして、ビクビクと身体を震わせる。「あー・・・」と子猫のように弱々しい声とともに中を締めつけ、腰や腿を痙攣させた。 「サノちゃん、よかった、きょうは中だけでイケたな」 喜びと満足感と共に射精感がせりあがり、絶頂に達して脱力しているサノの身体を反転させ、おおいかぶさってキスをした。じっとりと汗をかいている。彼は苦しそうに喘ぎつつ背中に腕を回してくれ、シロはそれから十秒後に気持ちよく種をつけた。まだ蠕動しているサノの胎内と、射精を受け止めているその表情が愛おしかった。だからまたキスをした。
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