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「お茶漬けでも食べる?」
「ん?うーん……いや、よしとく」
帰ってから冷水に近いシャワーを浴びて、すぐにサノをつれてベッドに潜り込んだから、昨夜夕飯を食べて以降ちゃんとした飯を口にしていない。
ベッドで足を絡ませ、愛しい恋人の髪を撫でる。
「このまま寝ちまっても、へんな時間に起きちまうなぁ。かと言ってもう、茶漬けすらかきこむ余力もなし……」
「疲れてんだから、起きてご飯を食べて、そしたらまたすぐに眠くなるさ」
「坊やの時分ならそうだったけどな、もう俺ぁジイさんだよ。いちど起きるとカンタンにゃ寝付けねえ」
「おじいさんがこんな無茶苦茶できるものか。あなたの下半身はいつだって達者だ」
「サノちゃんにだけさ」
銀髪が甘えた目をして死人にまとわりつく。
「おや、しっぽが出ている」
髪とおんなじ色をした大きな尾っぽが、サノの細い身体に巻きついてきた。
「あんたの前じゃ本来の自分が出ちまう」
「かわいいワンコだ」
「そんなことない、俺はホントはおっかないぞ」
「そうかい。噛みつかないでくれよ」
するとシロはその首筋にかぷりと歯を立てた。あはは、と声を出してサノが笑う。
「もうおやすみ。起きたらご飯を食べようね」
「うん……」
やさしい死人の腕に包まれ、胸に顔を寄せて目を閉じる。
遠い昔、湾のはるか向こうの陰花島からやってきて、東京で死んだ男。十年前に知り合ったサノは、十年かけて少しずつその過去を教えてくれた。
陰花とは不吉な孤島だ。縁起の悪そうな名前もそうだし、なんせ島中に人の欲が渦巻いている。かつての根城だった花街のように、陰花の麗しき住民を娶らんとするオスの熱気と怨念がただよう。
だがあの島には高名な稲荷が古くから祀られ信仰されているせいか、どうにもキツネ共との親和性が高い。吉兆のキツネと不吉な陰花の死人がこうして仲睦まじく寄り添うのは、ある意味では古くからの因縁なのだろう。
ー
大和に種を仕込まれて、ベッドにぐったりと沈む。キスや抱擁は優しくても、腰を打ち付ける強さには意識が遠のきそうになった。ふだんから表面ではいくら沈着をよそおっていても、恋人に胎内をえぐられてまでそれを貫きとおせるわけもなく、クロは涙目になりながら存分に声をあげて悶えた。
突かれているときはやはり甘美だ。クロは、たくましい男の肉体が好きだった。大和が無心に自分の身体を求めているのだと思うと、彼のペニスが当たるところに、痛みと混ざった電流のようなものが巻き起こる。この場所こそが"匂い"の正体に違いない。
「カラダ、だるいかい?」
「ううん……」
クロの腰から尾を撫で、そのやわらかな感触をたのしむ。
「何か作ろうか?ハラ減ってるだろう」
「あとで食べようかな。もうとても眠い」
「そうか。じゃああとで作っとくから、起きたら食べてくれ。俺は今日も夜から出ちまうから」
「大和が起きるときに一緒に起こして」
「わかった」
やさしい人間の腕に引き寄せられ、その胸に顔をうずめると、クロはようやくまぶたを閉じた。
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