第1話 

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第1話 

 小学5年生の時、庭の真ん中にある1本の大きな木に、自分でブランコを作った。木製の洗濯板の両端にロープをくくりつけて固定しただけのものだったけれど、私はそれがとても気に入った。  だって、ブランコに乗って、ゆらゆらと揺れていると、心が緩んだし。それにその頃は、放課後や休日に友達と一緒にこのブランコを囲んで遊んだから……。  でも、もう今は遊びに来る友達もいない。  *  中学に入ると環境が一変した。もちろんそれに慣れようと努力もした。でも、どうしても先輩と後輩という上下関係に馴染めなかった。それでも4月は、みんなもそわそわしていたから多少自分が浮いていても、場違いな感じがしても、大丈夫だった。  でもゴールデンウィーク明け――部活が本格的に始まった5月から、漠然となんだか怖くなった。先が見えないような感覚になった。それで、何気なくパパとママに「学校に行きたくない」と言ってみた。そしたらなんとパパとママはあっさりと、「好きなようにしたらいい」って答えた。  その表情と声色は無関心さのように感じた。私は、急に突き放されたような気がした。パパとママは本当は私のことは、どうでもいいのかもしれないって頭によぎった。そしたら、ストンとどこかの暗闇へ落ちたような感覚になって、何もかもわからなくなった。  頑張ったら行けたくらいの「嫌だな」という気持ちが、「失望」みたいのに変わって、私は本当に中学校へ行かないでみた。  パパとママは怒らなかった。そしたら、自分のマイナスな気持ちを切り替えるきっかけを作り出すこができなくて、それから私は学校へ行かなくなった。それに、時間が経てば経つほど、学校へ行くには相当な勇気が必要だった。そしてその勇気は、全く湧いてくる気配がなかった。     パパもママも仕事でいない日中は、家の中で一人で寂しく過ごす毎日、心が、不安と怒りに覆われていく日々だった。   *  6月に入ったばかりの木曜日。夕方6時半。庭のブランコに乗った。ぐるーっと生垣で囲まれている庭だから、誰にも見られないけれど、ブランコに乗るのは夕方がいいと思った。ブランコに乗ってゆらゆらと体を前後に揺らすと、少しだけ頭が整理され、心の中のモヤモヤが言葉になった。 『まだ私は13年しか生きてないんだよ! 何をすればいいのかなんて分かるわけがないじゃない! わからないんだよ! どうしていいのか……。誰にどうやって何を相談したらいいのかわからないんだ! だから、「好きなようにしたらいい」なんて、言わないでよ!』  大きくため息をついて空を見上げた。薄暗い空に光る星。  「一番星か……」  呟いた途端、右側から芝生の上を歩く音が聞こえた。 ――ザッ ザッ ザッ ザッ  視線を音のようへ移すと、淡いピンクのロングスカートを履いた女性が視界に入った。その人は半透明だった。一瞬驚いたけれど、それよりも一気に辺りが優しい雰囲気に包まれ、私はそれに酔うような感覚に陥った。  うっすらと白く光るその人には、気品っていうのが漂っていた。私は初めて感じるその気品に、ぼーっとしてしまった。その人は笑顔で私を見つめて、高い優しい声で訊いた。 『あなたの名前は、なんて言うの?』  私は、高貴という言葉は知っていたけれど、それに出会ったのは初めてだったから、自分の名前さえ忘れてしまった。ただ口をポカーンと開けて、その人を見ていた。その人は柔らかい笑顔で私の目の奥をじっと見て、 『……さ や か。清花っていうのね』  そう言った。私は、名前を呼ばれて、やっとごくっとつばを飲み込んだ。笑顔のままその人はくるっと回り私に背中を向け一番星を見上げた。私はその人の半透明の丸みを帯びた後ろ姿を見ていた。なんとも言えない気品が溢れている。誰にも何も邪魔させない、何か、強い優しさを身にまとっていた。  その人は星を見上げたまま私に訊いた。 『あの星が、あなたに何を語っているか分かる?』  星が?  私に何かを語る?  その人は振り返って、見たことのない、柔らかい、明るい笑顔を向けて言った。 『星が語っています。悩みはそのうちに消えます』  その言葉には「知っている」という確信があった。力があった。聞いた途端、私の中で何かがパンっと弾け、目が覚めるような感覚が起きた。そして、それとともに、その人は消えた。  私はブランコの上。薄暗い誰もいない庭。一人でしばらく呆然としていた。  半透明な人を見たとか、その人が喋ったのが聞こえたとか、そういうことを超える感動があった。私は、その「知っている」というエネルギーに圧倒されていた。その人が誰かなんてどうでもよかった。ただ私は、信頼してもいい何かに出会った気がした。 「あの人は、私の悩みが消えることを知っているんだ!」
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