第6話

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第6話

 登校日の朝。  鏡の中の少し勇ましい顔をしている自分を見ながら、髪をとかす。中学入学前、先輩に目をつけられるって言われたから短くしてしまった髪は、半年間で肩につくくらいのセミロングになった。小さなポニーテールにして、バレエをする時みたいに前髪もピンでとめた。  身支度を終えて、玄関で靴を履いた。「よし!」と心の中で、気合を入れ、カバンを肩にかけ立ち上がった。  生まれるものだ。関わろうとしない。  生まれるものだ。関わろうとしない。  眩しい光が、玄関の窓から差している中、心の中で何ども繰り返した。まだキッチンで洗い物をしているママに届くように、大きな声で「行ってきます」と言って早めに家を出た。   *  学校に続くなだらかな坂道を登っていく。目が、木、花を探す。 「綺麗だ……成功者……成功者……大丈夫」  自分に言い聞かせていると、 「おはよう~」  後ろから男の子の声が聞こえた。振り返ると、同じクラスの佐々木君だった。佐々木君はマジメくんと言われているクラスのある意味人気者だ。 「あ……。おはよう……」  同級生に挨拶をしただけなのに、緊張が体に走り、カバンを握り締める手に、ぎゅっと力が入った。  生まれるもの。生まれるのも。関わろうとしない。  佐々木君は、私の隣を歩きながら普通に、「なんか久しぶりだね!」と言った。内心、登校拒否気味の私にそんなに軽く言うんだと、驚いた。「あ……うん……そうだね」と、かろうじて返事をすると、私の横を、リズムも歩幅もぴったりと同じにして、佐々木君は歩いた。自然と校門まで、そうやって一緒に歩いて行く。  もしかしたら、みんなにとっては、私の登校拒否気味のことは、そのくらい軽いことかもしれない。  佐々木君のなんとも言えない、ほわっとしてる雰囲気の中、一緒に校門を通過。正面玄関に入り靴を履き替えた。階段で、また佐々木君と一緒になったから、自然と一緒に階段を上がり、教室のドアを通過。席は佐々木くんが隣だった。そこには、かすかにあの人の雰囲気が残っている感じがした。  *  1時限目が終了して、教科書を片付けようとしていたら、隣りに座っている佐々木君が、私の方を向いて、唐突に話しかけた。 「ねえ。知ってる? 日本はね、4つのプレートの上にあるんだよ。だから地震大国と呼ばれてるんだ。それなのにさぁ。こうやって安心して暮らしているなんて幸せだねぇ~」  私が反応に困って、固まって佐々木君を見ていた数秒後。佐々木くんの後ろの席の彩ちゃんが、立ち上がった。彩ちゃんは、佐々木君の頭をパシンと叩いて、 「マジメかっ!」  と、勢いよくツッこんだから、私は、思わずふき出した。 「ぷっ……はははっははっはは!」  彩ちゃんも、佐々木君もそこに加わって3人で笑った。笑っている間、関係が生まれた、と思った。とても自然に。視線を感じ、振り向くと、彩ちゃんと、ちゃんと目が合った。 「清花ちゃん、髪伸びたね!」  明るく話しかけてくれた彩ちゃんは、テニス部に一緒に入ろうって誘ってくれた子だ。 「うん。ごめん。あの……」  言葉につまり始めた。体に、手に、もう緊張で力が入る。  無理に関わろうとしない。無理に関わろうとしない。きっと生まれるから。私の言葉のあとの彩ちゃんの反応なんて気にしなくていい。正直に……。  小さな勇気を振り絞る。 「うん。私、バレエ大好きでね。テニス部やめちゃったの。ごめんね。迷惑かけて」 「へーっ! すごいじゃん! そんなに好きなものにもう出会えてるなんて。いいね! だからかぁ~。似合うよね! その髪型のほうがさぁ~。いいなぁ~。テニス部マジ大変だよぉ~。私もやめてバレエしよっかなぁ~」  え? そういう捉え方? そんな感じ?と驚いた私は、きっとキョトンとした表情をしていたと思う。 「……うん。あの。ありがとう」  と返事をすると、今度は彩ちゃんがキョトンとした。彩ちゃんは、私の「ありがとう」の意味がわからなかったみたいだった。  友達と笑顔でアイコンタクトをしたのは、3ヶ月振りだ。喜びみたいのが湧いた。あの人の笑顔を見た時と、似ている喜びだった。  *   *    *  それでも、教室で時間を過ごしていくと、また不安に飲み込まれた。  理不尽。  悪口。無視。いじめ。先生のひいき。そいうのを見ていると、下校時にはもう苦しかった。  もう嫌だ。帰ろう。部活をやめたのは正解。そう心底思った。  さっとカバンに教材を詰め込んで、立ち上がる。誰にも挨拶をせず、廊下を足早に歩いて行く。途中、廊下にぞろぞろと沢山の生徒たちが教室から出てきたから、前に進めずオロオロしてしまった。  人が沢山いるところは苦手だ。  廊下を進み、部活に行くであろう子達とすれ違うのが、なんだか心苦しかった。正面玄関に近づいた頃、廊下の奥から声がした。 「清花ちゃん! またね~!」  テニス部の子達と一緒に歩いている彩ちゃんが、大きな声で私に挨拶をして手を振ってくれた。 「うん! またね~!」  朝、ママに聞こえるようにと出した大きな声と同じくらいのボリュームで答えられた。でも、果たしてこのあと、私の事をみんなと何を言っているかはわからない。笑顔で手を振ったあと、逃げるようにして下駄箱へ向かう。  また保健室登校でも構わないんだ! 逃げる! そうだ!と思いながら、下駄箱で靴を履き替えて、正面玄関を通過しようとした時、ストンと明るい光の中に思考が落ちた。 「あれ? じゃあいつでも逃げれるんだから、いいか。教室にせっかく通えたんだ。明日も行くか。あれ? 消えた? 悩みが消えた?」  笑いがこみ上げて来た。 「ふふふ。あれ?私は……真面目かっ!」  自分にツッコミを入れてから、学校を出た。また走ってあの坂を駆けおりる。帰りの空は、今までで一番綺麗だった。  *     夜7時。 「ただいまっ!」 と、リビングを開けるパパの顔は、なぜか晴れ晴れとしていた。ソファーからパパに「お帰り~」と言うと、「清花、今日は教室行ったんだって? ママからLine来てた。何か理不尽はあった?」とパパは私の近くまで来て訊いた。 「あったよ」と私が答えると、パパは、興味深々という顔で、「どんな?」と言うから、「あのね。理科の先生はね。結構おばちゃん先生なのにスカート短めなの。それでね。男の子だけに優しんだよね」と答えると、パパは大きな声で、「理不尽~~っ! はっはっはっはっ!」と、体を反らして笑った。そんなに大きな声で笑うパパを見るのは初めてだったし、「理不尽~!」ってギャグっぽく言ったのにも驚いた。 「全く理不尽だよな! ひいきはパパも嫌いです!」  パパはそう言いながら、ご機嫌でパタパタとスリッパの音を立てながら書斎に入っていった。楽しそうに歩くパパの後ろ姿を、口をぽかーんと開けて見てる私をママが見て、クスッと笑った。   *  それからパパはこの「理不尽~っ!」がお気に入りで、学校がある日は、いつも、「今日は何理不尽あった?」と笑顔で訊いてくる。 「清花の理不尽トークおもしれ~! すっきりするわ!」  そう言うから、毎晩理不尽トークをするようになった。ママも笑って聞いて、パパが「超絶理不尽~っ!」って言って3人で笑う。だから、遠慮なく言ってたら、理不尽を見るたびに、なんだかコントを見ているように思えてきて、さほど気にならなくもなってきた。  パパの笑う姿を見ながら、「こんな感じ? 「星があなたに語っています」って言うから、もっとロマンチックな感じで消えると思ってたんだけど……」と、なんとなく毎回思ったけど。  *  2学期から、私は、ちゃんと学校に通えている。あれから朝の登校中、佐々木くんと毎日あの坂のところで出くわす。一緒に歩いている間、佐々木君は独特な真面目トークをする。彩ちゃんも、教室でよく話しかけてくれて、それをきっかけに、なんとなく数人友達がいる感じにはなっている。勉強もついていけてる。  だから、今は、そんなに悩んではいない。    ママとは、バレエの帰りの車の中でよく話すようになった。ママが、パパとの恋愛話を少ししてくれた。驚いた。でも、嬉しかった。  *      夕方6時半。11月の終わり。ブランコに乗ってゆらゆらと前後に少し揺らす。息を吐く。 「はぁ~」  息が白くなるのを見るのは好きだ。冬の夜空を見上げる。 「星が綺麗。これでいいのかもしれない。私は、成功者だ! ふふふ」  少しブランコを揺らして、目を閉じる。あの時の感覚に集中する。そうすると、ちゃんと高貴な魔女もあの花も見えてくる。 「消えるんだね。本当にいつか……。そう信じて生きてみようと思ってる」  星空を見上げる。自然と星たち全てが、私の味方なような気がして、口元も心も緩む。 「花を見て綺麗って思えたら、心に愛があって成功者だってこと。もし、花を見ても綺麗だと思えなくなったら、逃げていいんだってこと。心に愛を、あたたかさを取り戻すために、一生懸命逃げていい。それでいいんだ」  ブランコを揺らす。あの花を思い出す。 「生まれる。そして消える。繰り返す。消えるって言葉に寂しさを感じなかった」  また空を見上げる。暗い闇に光る星たち。 「私は、あの人の名前を知らない。でもあの人は私の名前を呼んだ。私は知られてる。異世界の人に……。あの花は、異世界でなんていう名前なんだろう?」 もう一度、ブランコを前後にゆらゆらと揺らす。 「ふふふ。高貴な魔女に会ったなんて、誰にも言えないことだな」  息を吸うと、冷たい空気が体に入ってきて……。  空を見上げると、暗闇に星たちが輝いていて……。 「綺麗。素敵。これでいいんだ。きっと……」  ― ザッ  ザッ  ザッ  ザッ 
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