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若さんは僕らの学校ではちょっとした有名人だった。
堂々と学校や行事をサボったり、授業中に廊下に出てバク転を披露してみたり。果ては暴力団と関わりがあるなんて噂も出回っていた。
けれど若さんは、決して悪党ではない。確かに不良ではあるけど法律は守るし、他人を傷つけることもない。
僕のように目立たない後輩にも目をかけてくれ、時々「バイト」と称して息抜きの仕方を教えてくれる。
大抵は浮気願望のある女性との密会に連れていかれて、若さんが乗ってきた車の見張りを頼まれるだけだけれど。
それでも一日の終わりには、必ず一万円を支給してくれた。バイト禁止の高校に通う僕には有難い。
「俺も、隣にいた奴ともっと話しておくべきだった」
雪の結晶を空へと返すように。そっと言葉を吐いた若さんの顔は、やけに悲しげだった。
「言葉は相手を引き留めるためにあるんだろうな」
若さんは矛盾していた。真夏に雪の降る、この欅塚町のように。
立ち居振る舞いを不良と言われても、彼は常に誠実だった。
女性と行為に及ぶことはあっても、決して自分から誘うことはない。後輩や仲間が困っていれば、そっと助けてやる。
善人ではなくとも、どうしようもなく誠実。それが彼の矛盾だった。
僕は彼が嫌いではない。その矛盾は美しいものだと、冷えた手をポケットに突っ込んで思った。
「知ってるか。この雪の中心部」
「たしか、満開の桜があるとか」
「そうだ」
僕はその話を信じていない旨を伝えた。
すると若さんが、ずっと握りしめていた右手を僕の前で開けて見せる。
「桜の花、ですか?」
若さんは頷いて、公園のずっと奥を見つめた。
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