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雪が止んだ。
桜の古木があると言う方から、カーテンのような光が差し込む。
それはどんどんと広がっていくにつれて青みを増していき、その後ろから太陽が顔を覗く。
夏が帰ってきたのだと思った。
セミは見せ場を迎えたミュージカル俳優のように歌い飛び、残雪が夏の陽を受けてキラキラと輝く。
そして信じられないことに、いくつもの桜の花びらが、花吹雪のように空を舞っていた。
「なんてことだ」
僕は舌を叩く。
美しさには、対になるようにして不幸が存在する。美しい桜の根元に、死体が埋まっているのと同じように。
あんまりにも綺麗なその桜吹雪は、けれどあの桜の下で悲しんでいる誰かを想起させた。
同情じみた足元の残雪に、ふわりと一枚の花びらが舞い落ちる。
僕は花弁を拾う。
もしこの街の矛盾が、一つの小さな特異点から始まったのだとすれば。
それはきっと、この残酷なほど美しい桜を、雪見蛍が見つけた日だったのだろう。
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