彼女に人は殺せない

1/11
前へ
/108ページ
次へ

彼女に人は殺せない

 僕は雪見蛍が嫌いだった。  この世の全てに「その先」があると思っている癖に、何かにつけて涙を流す。ほとんどガラス細工のような無表情で。  例えば人は死ねば天国か地獄に行くのだと言い、死んでいく野良犬には「また生まれ変われる」と涙ながらに微笑む。そのくせ宗教に興味はない。  どうしようもなく矛盾を抱えた少女。  僕には彼女が美しく見えた。けれど同時に、釣り合いが取れていないようにも見えた。  美しいだけのものは虹を思わせるから、僕を不安にさせる。 「私はヒーローじゃないんだよ」  襟足の長いショートカットを、軽く跳ねさせて雪見は言った。僕は「まったくその通りだ」と頷く。  放課後の教室。未だに残雪はあるものの、顔を覗かせた夏は昨日までの雪を忘れたように火照っている。  誰かが気温のスイッチをいじったみたいだった。 「でも君は、小さな幸せじゃ満足できないんだろ?」 「当たり前だよ」  まるでそれが常識であるかのような言い方で、雪見は僕を否定する。  世界には答えが一つしかないとでも思っているみたいに。  こうして雪見は、しばしば僕を苛立たせる。
/108ページ

最初のコメントを投稿しよう!

50人が本棚に入れています
本棚に追加