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彼女に人は殺せない
僕は雪見蛍が嫌いだった。
この世の全てに「その先」があると思っている癖に、何かにつけて涙を流す。ほとんどガラス細工のような無表情で。
例えば人は死ねば天国か地獄に行くのだと言い、死んでいく野良犬には「また生まれ変われる」と涙ながらに微笑む。そのくせ宗教に興味はない。
どうしようもなく矛盾を抱えた少女。
僕には彼女が美しく見えた。けれど同時に、釣り合いが取れていないようにも見えた。
美しいだけのものは虹を思わせるから、僕を不安にさせる。
「私はヒーローじゃないんだよ」
襟足の長いショートカットを、軽く跳ねさせて雪見は言った。僕は「まったくその通りだ」と頷く。
放課後の教室。未だに残雪はあるものの、顔を覗かせた夏は昨日までの雪を忘れたように火照っている。
誰かが気温のスイッチをいじったみたいだった。
「でも君は、小さな幸せじゃ満足できないんだろ?」
「当たり前だよ」
まるでそれが常識であるかのような言い方で、雪見は僕を否定する。
世界には答えが一つしかないとでも思っているみたいに。
こうして雪見は、しばしば僕を苛立たせる。
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