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今度こそ僕らは黙る。
チラリと見た蛍の顔はいつも通りで、眠たげで。
不安が胸を無遠慮に撫でつけてくる。近くなればなるほど、曖昧になる境界線もあるのだと思う。
現に僕は、彼女の答えを聞けていないのだ。
核心を避けた言葉だけで恋を理解できるほど、僕は他人の感情に敏くない。
「暗くなってきたね」
お互いの熱がチョコのように溶け合った頃、蛍が立ち上がる。
その言葉を、僕は死刑宣告のような気持ちで聞いた。
「帰ろっか」
立ち上がった蛍と、座ったままの僕。
つながれたままの手が、中途半端な高さでぶらりと揺れる。
「どこに」
追従するように漏れた言葉は、半端な心の鑑写しになっていた。
「えっと。家、だけど」
伝わったのか、そうじゃないのか。
蛍の声が、微かに震えて。握った手のひらが、強張るように固まる。
「……えと、一緒に、来ますか」
ぎこちない口調。
見上げた蛍の顔が、紅い。
「うん」
頷きながら僕は、きっと情けない顔をしていたのだろう。
欠席する夏の、白んだ夕暮れ時。
夕陽がいないにも関わらず、立ち上がった僕の頬は熱い。
「綺麗だよ、蛍」
先を歩く蛍に、ひっそりと呟く。
水族館の日伝えられなかった言葉。
小さな笑い声をひとつして、
「ありがと」
蛍が振り返る。
夕陽はない。なのにその顔が眩しく見えて、僕は咄嗟に顔を背けた。
(なんだよ)
ちゃんと、聞こえてたんじゃないか。
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