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憎しみは愛より出でて愛より深し
蛍の家には誰もいなかった。
聞けば両親は結婚記念日だとかで、二人で旅行に行っているらしい。
母さんに「友達の家に泊まる」とだけ送って、携帯の電源を切る。直前、若さんから何かメールが入っていたけれど、僕はそれを無視した。
「寒いね」
「うん、寒い」
蛍の家に自転車と残りのお菓子を置いて、僕らは近所のコンビニに向かう。
厳密には大手スーパーのフランチャイズ店だけれど、欅塚にはコンビニがないから、便宜上コンビニと呼ばれている。
「お酒は?」
なんとなく酒類の陳列棚の前で立ち止まって、尋ねてみる。
蛍は首を振った。
「いらないよ。お酒がないと話せないことなんて、どうせ大したことじゃないでしょ」
「僕らの間に大した話が?」
「ないねー」
笑いながら、結局酒は買わなかった。
追加のお菓子とジュースに花火セットを買って、気だるげな店員の声に送り出される。
外に戻ると、冷えた風に出迎えられた。雪の降る日は、屋内でも暖房がつけられる。探すほどでもない矛盾は、本当にそこら中に転がっているのだなと考えて、隣を見る。
「なあ、蛍は。君の理想は、やっぱり雪を許せないのか?」
「そうだね、そこだけは許すわけには行かないよ」
花火の袋を振り回しながら、蛍が言う。
「この雪で得たものだってあるのに?」
「例えば?」
「僕らの関係だよ」
花火を入れたレジ袋が、空中でピタリと止まった。
重力に引かれた袋が、宙づりにぶら下がる。
「どうなの、それって」
彼女の言葉は、色が抜け落ちたパレットのように白かった。
「どう、って?」
「私たちの関係だよ」
さっと体が強ばった気がした。
「私たちって、友達? それより、もっと進んでるの?」
「どうだろう。僕が言えることは、全部言った気がするけど」
自然に歩けているか、そればかりが気になって。言葉はどれもお茶を濁すだけ。
だって、仕方ないじゃないか。僕はまだ、蛍からなんの言葉も聞けてないんだ。
「今のところも、これからも。この雪が核心に触れてくれることなんてないよ」
どんなに好意をほのめかされたって、それがどんなに確定的であったって。
面と向かって好きだと言われもせず、浮かれてしまうなんて、格好悪いじゃないか。
僕は蛍に嫌われたくないんだ。
「……やっぱり、この雪キライだ」
蛍が口を尖らせる。
さっき以上の強さでレジ袋を振るから、破れた袋の底から花火が飛び出した。
包装された花火が夜空を舞う。弧を描いたそれは、街灯のチラつき始めた歩道を抜けて車道に飛んでいく。
「あ、ヤバ」
蛍が駆け出す。
僕はその背を見ていた。
けれど同時に、彼女を追っていた。
──イヤな予感がした。
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