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僕らは家を飛び出す。
ぬるく、炭酸の抜けたコーラの花火だけを持って、すっかり日の落ちた住宅街から大通りに抜ける。
車の通りは少ない。雪を踏み締める音だけがやけに響いて、時々過ぎるヘッドライトが、珍しげに僕らを照らし出す。
人工の川面に移った二つの影は、かわらず手を繋いでいる。
「どこまで?」
火照った頬を風で冷やして、僕は尋ねる。
振り返らずに蛍が言う。
「チェックポイントだよ」
日中いた公園への道には渡らずに、真っ直ぐに目的地へ。
ドカン公園。僕らがいつも管を巻く、馴染みの公園が近づいてくる。
そこには一本の桜が立っている。
若いながら、枝ぶりの見事な桜だ。
「やっぱり」
「咲いてないね」
僕らは笑う。
決まっていたことだ。
肩を落とすこともなく、ドカンに腰を並べる。
走って揺れたコーラを開けると、プシュッと炭酸の抜ける音がした。もうただの砂糖水なのだろう。
そんなことを考えていると、蛍の頭が肩に乗った。
「綺麗なもんだね、葉桜も」
「ああ、もともと僕は葉桜が好きだったんだ」
「初めて聞いたよ」
「花も好きだったからね」
頷きながら、僕らは葉桜だけを見続けた。
夜になって霞んでいく緑の葉が、積もった雪の反射で淡く光っている。
雪が葉を塗るように包み込んで、白い葉が夜に浮いているみたいだった。
「次は、ちゃんと咲いた夜桜を見に来よう」
「いいね~。お月見も兼ねよっか」
僕の提案に、蛍は小さく笑って。
僕は初めて理想も現実も関係なく、ただ次の春が待ち遠しいと思った。
「楽しみだね、本当に」
蛍が僕の頭を撫でる。無性に腹の立つ顔で。
突然の事に驚きながら手を払う。
「僕は子供じゃないぞ」
「私よりちっちゃいクセに?」
「たった四センチで調子に乗るな」
「ごめんごめん」
変わらない微笑みを蛍が返してくる。
腹の底で、何かが沸き立つ。
赤の絵の具に、ほんの錆色が少し混じったように。じくじくと痛みを伴うその感情は、恋への「劣等感」だったのかもしれない。
勝手に動いた腕が、彼女を押し倒していた。
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