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どうして僕は愛の種類を限定してしまったのだろうか。間違いをそうと知りながら、どうして彼女に差し出してしまったのだろう。
後悔した頃に、雪見が足を止めた。僕は数歩先を行く。
「知ってる、って言ったら?」
すぐには振り向けなかった。
首は固まったように動かない。体全体を雪見を向ける。
彼女は、俯きがちに僕を見ていた。
表情は読めない。声だけが、どうしてか不安げに揺れていた。
──僕を啓蒙してほしい
それが僕らの最初の告白だった。
きっかけを雪見が作って、僕が不文律を作る。
思えば僕らは、直接的な言葉で告白をしたことがなかった。
だからこそ僕らの矛盾した告白に、恋愛感情はない。
「好き、なのだろうか」
その疑問は自分に向いてもいたし、若さんにも向けていた。
だから、背後の土管から顔を覗かせた少女に宛てて、僕は、
「やっほ、三澄……」
きっと、その言葉を手渡すことは出来ないだろう。
*
欅塚の桜を半分見て回ったところで、小学校のスピーカーから「夕焼け小焼け」が聞こえてきた。
僕らの間に会話はない。
背筋を焦がすような沈黙を横たえて、いつもより少し離れて歩く。
雲の向こうに太陽を想像させる、仄かに明るい時間。薄い雪に足跡を残しながら、僕らは帰路につく。
どこの桜も、雪を被って眠っていた。
一週間もずっとそうしていたと言うのに、葉桜は枯れることなく佇んでいる。
見つけたものと言えば、葉桜も夏を知っていたと言うことだけ。
成果もなくたどり着いた分かれ道を、雪見は曲がらなかった。直進する僕の右斜め後ろに、雪見が続く。
僕はそれについて何も言わなかった。いつものように、毒にも薬にもならない言葉をそっと手渡す。
「桜、咲いてなかったね」
「うん」
「考えたんだけどさ。何か起こさないと桜は咲かないんじゃないかな」
「そうだね」
「何か案はあるかな」
「わかんないや」
会話は息をしなかった。
よどんだ空の鈍色が、僕らの影をプリントする。雪を踏みしめる度に着いてくるそいつはひどく不出来で、僕と雪見の影はほとんど、重なりあっていた。
「雪見」
彼女から目を逸らして、名前を呼んだ。
「家、来るの?」
しばらく沈黙があった。
それから一瞬、右の袖に指が触れる。
雪見の指は僕の袖をつかまない。
宙ぶらりんの手を誤魔化すように振って、彼女は僕を見る。表情だけが読めなかった。
「ダメかな」
と雪見が尋ねる。
「いいよ」
僕は右手をポケットに入れて答えた。
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