めし屋、おつかれさん

7/9
18人が本棚に入れています
本棚に追加
/13ページ
「瑞樹君!大丈夫?!」 真っ先に俺の上半身を起こしたのは真琴だ。 今にも泣きだしそうな子供みたいに顔を歪めている。 「私の縄張りに現れたのが運の尽きね。当分の間は実体を持てないわ」 曳女が嬌笑しながら紫の扇子を閉じると、両端の親骨の先から小さな火花が散った。 「真琴がお前を追いかけていたのだ。迷い蛙と出くわしているのを見つけて店に飛んで戻って来た」 テツさんが真琴の背中に前足を当てて軽く叩く。 「迷い蛙って、さっきの?」 「迷い蛙はね、迷いがある人の心の隙に付け込む邪鬼よ。瑞樹君、テツ様に助けられたって事は……迷いがあったんでしょう?その時から目を付けられていたのね」 扇子を着物の帯に挿しながら言う。 「閻魔様への通過料って」 「インチキだ。そう言っておけば、じゃあ仕方ないって差し出すやつもいるからな。通過料とやらを払っても払わんでも、あいつに喰われたら迷いの森に引きずり込まれる」 「迷いの森?」 俺の身体を支えたまま、真琴が首を傾げる。 「永遠に出られない森さ。心も無い記憶もない。ただ彷徨い続けるだけの地獄より恐ろしい所よ」 真っ暗な森を独りで――。 想像して、全身の皮膚が粟立つ。 「真琴君、ありがとう」 「僕こそ、馴れ馴れしくてごめんね。友達ができるかもって思ったら嬉しくて」 金髪の柔らかい髪の間から、シルバーのピアスが月の光を反射する。 「……良いんだ。ありがとう」 「まあ、あんなのに目を付けられるなんて余ほど運の無い奴だ」 俺を覗き込むテツさんの口はするめ臭くて、思わず顔をしかめる。 そんな俺を見て、真琴と曳女が吹き出すように笑った。 「ここから出たいか、瑞樹。真琴」 俺よりも先に、真琴が迷いなく頷いた。 「テツさん、長い間ありがとうね」 「真琴はここに住んでいるんじゃないのか?」 訊ねると「君と一緒だよ」と肩を揺らして笑う。 「テツさんに時間を食べて貰ったからここに来たの。でももう充分。そろそろ帰るよ」 「時間を?」 「あぁ。まだ説明していなかったな」 テツさんがすっと俺の背後に――空へと視線を移動させる。 釣られるように振り返ると、巨大な朱色の鳥居が夜空に佇んでいた。
/13ページ

最初のコメントを投稿しよう!