めし屋、おつかれさん

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「テツ様は、人間に本来残されていた人生の時間を食べてくださるの」 音もなく鳥居へと曳女が歩いていく。 前髪をかき上げると同時に、ふわりと煙が姿を包み込んだ。 風に吹かれて、煙の中から姿を現したのは一匹の黒猫だ。 「あたしはここの案内人。あじさい通りってのは、ちょっと不思議な場所でね。うっかりこっちに迷い込む奴がいるから、入るべき人間か見極めてるの」 黒猫が姿勢よく座ると、しなやかな動きで尻尾が地面を撫でた。 「ここではなりたい自分になれる。姿かたちも変えられて、願いも叶う場所というのに」 やれやれ、と首を左右に振るテツさんの肉球が俺の太ももをぽん、ぽんと叩いた。 「ただ誰かの隣にいたい。そんなみみっちい願いしか魂に宿していなかった。つまらない奴だなぁおい。仕方ないから、うちで働かせてやったのだ」 「瑞樹君が焼いたホッケ、美味しかったよ!表面はびっくりするくらい苦くて、笑っちゃいそうだったけど」 言いながら大笑いした。 「本当の僕はね、子供なんだよ。折原真琴っていうの。でも、もう長く生きられないんだ。冷たい暗闇で意識が朦朧としている時に、テツさんが来てくれたの」 立ち上がり、真琴がテツさんに向き直る。 「僕、帰るよ。ありがとう。大人になったらこんな風になったんだって、経験が出来て楽しかった。瑞樹君にも会えて良かった」 星屑が集まったような白い光に包まれた真琴は、もう金髪でもピアスだらけでもない、五・六歳程度の幼い少年の姿になっていた。 「さようなら、瑞樹君」 あどけない笑顔を見せた真琴は、星の光に包まれたまま空へと昇って、溶けるように消えてしまった。
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