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ツバメが丘あじさい通り黒猫番地
「ほぅら、働け。開店時間だ」
目を覚ますと、顔の上に茶色い布が降って来た。
薄い布地から透ける黄色い明かり。
その明かりを遮る柔らかい何かが、布越しに目をぶにぶにと押してくる。
「や、やめてください」
さっきの鯖トラだ。
良かった。助けられたんだ。
「やっと起きたか。寝坊助め」
さっきのぶにぶにはこいつの前足だったらしい。
掲げたままの肉球をぺろりと舐め、ゆっくりと目を開いた。
縦に鋭く伸びた金色の瞳。俺の身体に緊張が走る。
「エプロンを着けろ」
胸の上にずり落ちた茶色の布はエプロンだ。
「ぼさっとするなよ。客が来る」
鯖トラの視線が背後の入り口へと滑る。
古い木造の建物に、縦の格子がいくつも並ぶ引き戸。
すりガラスの向こうに、ぼんやりと赤い提灯が灯っていた。
「暖簾を出せ」
固まったままの俺に、もう一度鯖トラが繰り返す。
言われるがまま、引き戸の側に立てかけてあった暖簾を手に外へ出た。
路地を吹き抜ける冷えた夜風に、紺の暖簾がはためく。
「めし屋……おつかれさん?」
白抜きの文字を言葉にした俺の背を、ひとりの女が叩いた。
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