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「ちょいと、あんた誰だい?」
「いや、俺は」
地面を擦る黒い無地の着物に、腰までの濡れ羽色の髪。
一重瞼の妖美な視線を、俺の全身に這わせる。
「あんたをここへ案内した覚えはないよ」
細面に紅色の唇がにやりと弓なりになると、口の端から覗いたのは鋭い牙だ。
「自分でも何が何だか……」
「へぇ。迷い込んだってかい?随分苦しい言い訳をするもんだねぇ」
女が白く細い腕で左頬にかかる前髪を艶めかしい仕草で掻き上げると、その額に現れたのは目だ。
閉じられていた瞼が開いていく。
背中に引き戸がぶつかって大きな音を立てた。
「やめろ、曳女。こいつは俺が時間を喰ってやったのだ」
鯖トラがめんどくさそうな口調で出てきた。
「うちの店員だ」
「そうなの?!良いじゃないっ」
なんだなんだと振り返った通行人に、俺は情けない悲鳴を上げた。
蛇のように首が伸びた派手なギャル。
キツネの耳が生えた青年に、スーツ姿のタヌキおやじ。
河童の子供に、白い着物の老婆は顔を覆う長い髪の隙間から白目を覗かせる。
目に映るどれもこれもがあまりにも異様で、
「ここはあの世か」
腰を抜かしたまま星空に呟いた。
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