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ふとジーンズの尻ポケットに手を突っ込み、小さなそれを指先で摘まんで少しだけ出した。
「わっ、綺麗な指輪じゃん。これ婚約指輪?もしかしてプロポーズするの!?」
しまった。咄嗟に戻したが、真琴の興味津々の眼差しからは逃れられない。
「ただのガラクタだよ。ゴミだよ」
「ふうん。じゃあ、なんで持ってんの?」
真琴の純粋な質問に、言葉に詰まった。
「ゴミなのに持ってるの?なんで?」
「……言いたくない」
俺にだって、自分の心がわからないんだ。
「あたしお酒が飲みたいわぁ。おつまみも作ってよ」
色っぽい声に、重い空気が僅かに和らぐ。
「やめとけ」
テツさんはひょいと座布団から飛び降りると、軽い足取りでカウンターの中に入った。
前足で器用に芋焼酎の瓶を取ると、慣れた手つきでグラスにロックアイスを入れ、酒を注いだ。
「ほらよ」
「んもう。ねぇ、瑞樹君ずっとここにいたら?お料理、美味しいし。テツ様には悪いけど、料理は彼の方が才能があるわよぉ」
「褒めてくださって、ありがとうございます。でも……」
カウンター横に置かれた小さな台にある、赤い唐草模様の座布団に鎮座したテツさんに向き直った。
「お世話に、なりました」
消え入りそうな声で俯きながら言った俺は、手早く畳んだエプロンをカウンターに乗せると、丁寧に深々と頭を下げる。
誰とも目を合わせず店を出た俺は、異様な姿の人々が行き交う路地裏の隅を行く当ても無いまま歩き始めた。
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