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強情な青年
青年を叩き出して着替えを終える。
普段食事をとっている客間へ向かいながら、冷静になった頭で青年の処遇を考えた。
友。
友、か。
「お待ちしていました、麗しの君!」
「…………」
当然のように席に着いている青年にもはやツッコむ気もわかない。
ルイーズに言われたことを思い返し、大きくため息を吐いた。
友をつくれ、と。そう言われて、不快以外の感情が湧いたのは事実だった。
その身が家具と化してもなお仕えてくれている召使いたち以外の、人のかたちをしたものと会話をしたいと感じたのも。
青年の向かいに腰掛ける。
「……ヴィクトーだ」
「えっ?」
「私の名だ、二度言わせるな。それから、今後ふざけた呼称は禁止とする」
「!!!」
極力威厳を込めて低く告げたつもりだったが、当然青年にはそんなものは効かない。青年は興奮した様子で何度か私の名を呟き、それから慌てて立ち上がった。
「私はアルフレッドと申します。ヴィクトー様」
深々と下げられた頭に、何かが違うな、と思った。これでは召使いと大差ない。友というのは、もっとこう、自然に話せる相手のことだろう。
まだ友として認めたわけではないが、形から入るのは大事なことだ。
「様、はいらぬ。敬語も外せ」
「……い、いいのですか?」
「無論。よく聞けアルフレッド、貴様をこの城に置くのには条件がある」
私が真剣に彼の目を見てやると、さすがに真面目な顔つきになった。
やはり黙っていれば相当な美形だ。
「私とまったく対等な友でいること、あるいはそれを心がけること。それだけだ。できるな?」
「は、はい!……いや、うん、わかったよ、ヴィクトー」
ぱあと顔を輝かせ、言われた通りに友としての言葉遣いに直すアルフレッド。
ふむ、こうして素直な面を見れば、大きな犬にでも懐かれたようで悪い気はしない。
「まずはお友達から、というやつだね。やってみせるとも」
「……うむ」
何か誤解がありそうな言い回しだったが敢えて訂正しない。「まずは」のその先に何を想定していようが、その好意をせいぜい利用してやるとしよう。
向こうとて性欲の絡んだ好意なのだから、むしろこちらがそれを咎めずにいてやるだけで十分寛容だ。褒められこそすれ責められる謂れはない。
────そんな内実のふたりが、友、といえるのかは、わからないが。
深く考えては負けだ。
そもそもれっきとした王子であった私に、純粋な友というものができたことはない。同世代だろうが政治絡みの付き合いしかしていなかったのだから当然といえば当然だ。
遊び相手が欲しくて夜な夜な開いていたダンスパーティーも、顔と名前を憶えていた参加者の方が少ないくらいだった。
……うむ、そんなだから私はこんな姿にされたのだろうな。
楽しかった懐かしい記憶に、嫌な思い出が治りかけの瘡蓋のように引っ付いている。
ゆるく首を振り、運ばれてきた朝食を飲み下した。
「ねえヴィクトー、料理はいつもこんな感じなの?」
食後、部屋に引き上げようとしたところを呼び止められた。
立ち止まって振り返ればいやに真剣な目に射止められる。普段と変わった食事でもなかったので頷き返すと、ハァアと大きくため息が吐かれた。何だこいつ。
アルフレッドはぐるりと部屋を見回した。
「普段彼に食事を作っているのは誰?」
呼ばれた調理器具たちがこわごわとアルフレッドを見た。アルフレッドは彼らに向かって不快そうに眉を顰める。
「──まさかとは思うけど、主人の身体に合わないものをずっと出し続けたんじゃないだろうな」
びく、と調理器具たちが震える。料理長である包丁が、でも、と抗議する。
「王子のお体に合いそうなものは、その──王子が、受けつけない、と」
「……本当?ヴィクトー」
「ああ」
アルフレッドは天井を仰ぐ。そうしてしばらく一人で長々と嘆き、やがて落ち着くと私をキッと睨み据えた。
「どうりで痩せすぎていると思った。お願いだから次の食事からはまともに、あなたの身体に合ったものを摂っておくれ。友からの願いだ」
「……そう言われてもな」
アルフレッドが文句をつけているのは、野菜ばかりの食事のことだ。明らかに肉を好みそうな風貌であるこの身体は、彼の言う通り野菜では必要な栄養が賄えていなかった。
だが肉を摂ろうにも我々はこの城から出ることができず、必然的に庭で育てている野菜以外の選択肢はなくなる。
「ならばぼくが狩りに行こう。弓矢はあるかい」
「なるほど、そう言って逃げ出す魂胆か」
「っ、違う!」
「なに、構わぬ。城が静かなのには慣れている。『友』との別れは残念だが、友であればこそ止めはすまいよ」
「違うと言っているじゃないか!」
フゥ、とわざとらしく憂いを帯びたため息を吐く。まだ会って数日の若造に、別れが残念もへったくれもあるものか。
白い顔を赤くして必死に否定するアルフレッドは確かにここから逃げる気など毛頭ないのだろう。
だが、獲物を捕ってこられては困るのだ。
この身体は肉を欲している。私が人であった頃よりもずっと。だからそれを断っている今、この身体で発揮できる力は本来の何分の一といったところだろう。それでいい。それが、いい。化け物なのは見た目だけで充分だ。せめて力ぐらいは人並みでありたい。そう願うことの何が悪い。
「とにかく、ぼくはあなたにまともな食事を食べさせる。何日かかっても、どれだけ困難でも、必ずだ」
そう言い放ち、アルフレッドは私を押しのけて客間を後にした。
意思は固そうだ。
「あのぼうや、意外と尽くすタイプなのねえ」
カーテンの、感心したような間の抜けた声が客間に寒々しく響いた。
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