劣悪サイア

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 ***  その後も、何度か猫の足跡は出現した。  決まって私が仕事や買い物でいない時に限定されている。猫は私も好きなので、いつベランダに出現するかなと家にいる時はちらちら気にしているというのに。残念ながら、私が家にいる時はちっともそれらしき影はベランダに現れてくれないのだ。 「五階まで登ってくる猫とか凄いし、一回見てみたいんだけどね。私がいると出てこないのなんでだろうね?」 「……」  一人暮らしのマンションで、話し相手はポンタだけである。当然、返事は返って来ない。それでもこの犬はある程度は人間の言葉を理解しているようで、私が話したそうにしていると自分から寄ってくるのだ。  ただ、最近はどうにも彼の様子がおかしい。ベランダの方をじっと睨んでいることが増えたのだ。尻尾も垂れ下がり、何かを警戒しているように見える。 「どうしたの、お前。最近機嫌悪いじゃん」 「……わふ」  後に思う。もし彼が、人の言葉を話すことができたなら――この事件はもっとあっさり解決したことだろう、と。何故彼が、本当は大好きなはずの猫に唸り声を挙げたり、ベランダを睨むようになったのかも含めて。  調子が悪いのは私も同じだった。嫌な臭いは最近ひっきりなしにベランダから流れこんでくるのだ。おかげでほとんど窓を開けることができない。しかも、少し喚起しようと窓を開けただけでクシャミが出る始末である。  ひょっとしたら知らないうちに猫アレルギーになってしまったのだろうか、と思った。  今まで大丈夫だった人でも、ふとした拍子に新しいアレルギーが発現するというのはままあることだと聞く。犬アレルギーが出るよりマシとはいえ、一度検査しておいた方がいいのかもしれない。 「私猫アレルギーかもだよ、ポンター。そうだったら今後猫触れないから、お前もあんまり野良猫にダッシュしたりすんなよー」  私の言葉に、ポンタは反応しなかった。ただベランダをじいっと睨みつけるに留まったのである。
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