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何かがおかしいのではないか。
やっとそう思い至るようになったのは、最初に猫の足跡を見つけてから約一カ月ばかり過ぎた頃のことだった。
病院で検査してもらったものの、私に猫アレルギーはなし。当然犬アレルギーもなし。花粉症もないし、軽度の埃アレルギーくらいでしょうと言われてしまった。では、なぜ最近ベランダの空気を吸うたびにくしゃみが出るようになってしまったのだろうか。
あのゴミのような臭いが、文字通り本当にゴミだった場合。近隣の家のどこかが、ハウスダストをまき散らしているからだというのは十分考えられなくはないが。
――っていっても、何カ月も埃が飛ぶってあるのかな。しかも、ベランダとはいえ屋外だよ?
少し調べた方がいいのかもしれない。ある日私はそう思って、マスクをした上でポンタと一緒にベランダに出てみることにしたのだった。その日も、ベランダには猫の濡れた足跡がぽつぽつと残っている。雨は降っていないし、嵐でもない限りベランダに雨が吹き込むような構造にはなっていない。シンクが濡れていることからしても、洗面台で水を飲んだ勢いで手足を濡らしてしまい、そのまま降り立ったせいで足跡がついたと考えるのが妥当なところと思われた。
自分にはわからない臭いや気配が、ポンタにはわかるのかもしれない。そう思って連れ出した大型犬は、今はそれよりも喉が渇いていたようで――さっさとシンクの方に駆け寄ると、そのまま器用に前足で蛇口をくるくると回し始めてしまった。
どばー、っと思いきり出てくる水。流れ始めた水を、ポンタは美味しそうにじゃぶじゃぶと飲み始めてしまう。器用な犬ではあるが、その飲み方は非常にもったいない。というか困る。
「ああもうポンタってば!喉渇いたなら水上げるから、何も蛇口から飲まなくてもいいのに!ていうか、元に戻してくれないと水出しっぱなしに、な……」
そこで。ようやく私は、違和感に気づいたのだ。
蛇口を開けることができる犬や猫は、時々いる。ポンタもそのうちの一匹だ。しかし、戻すことができる犬猫というものを、少なくとも私は見たことがない。反対に回せば水が止まるというのも知らないし、そもそも水を止めなければいけないという発想が彼らにはないからである。
そう。
戻せるはずがないのだ、自力では。
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